私、マドリードは急いでいた。

「きゃっ!」

足をすべらせ、階段から落ちそうになる。

迫りくる衝撃から目をつぶると、ふわっと香る爽やかな香水と、人肌のような温かさ。

そっと目を開けると、国王であるローランが私を抱き止めていた。

「…わゎっ、すみません。」

あわてて離れると、私の衣服を整えてくれた。

「また会ったね。それにしても、よく転ぶんだね。」

瞬く間に顔に熱が集まる。恥ずかしい所を見られただけに、お転婆だと思われただろうか。どうせみられるなら、別の場面が良かったと後悔するが、もう遅い。

羞恥心で下を向くと、ローランのズボンのポケットから、見覚えのあるハンカチが出ていた。

「…………っ、どうして、これを…。」

それは紛れもなく、私がぶつかった男の子にあげたものだ。それをどうして、国王であるローランが持っているのか。

「ああ、それは母上から頂いた物なんだ。」

「いえ、それは私がある男の子に差し上げた物です。それに、ほら。」

ハンカチの端の方を見ると、私の名前の刺繍が施されてあったのだ。

「……困ったな、君には負けたよ。君とぶつかった男の子は、実は僕なんだよ。」

「え!?」

ローランは何を言っているのだろうと思った。一瞬、聞き間違いかと思ったが、まさかそんなはずはないと、彼に意義を唱えようとして、やめた。

そういえば、いつだったか、呪いをかけられた王様の話を聞いたことがある。

ローランがその呪いを受けた王だと彼は言っているのか。

「王様は、、、あの、の、呪いを…。」

「ああ。そうなんだよ。母上には口止めされていたがね。」

ふっと笑うローランは、自分を嘲笑い、僻んでいるかのようにみえる。

「す、すみません。そのようなことを聞いてしまって。」

「いや、気にするな。」

「微力ながら、私でも、力になれませんか?」

協力を申し出た私に対し、ローランは驚愕した。

「、そう言ってくれるのは嬉しいんだが、君に出来ることは、何もないよ。」

「そ、そうですか。」

しゅんと仔犬のように悲しむマドリード。

「そんなに僕の手助けがしたかったら、僕の相手をしてくれてもいいんだよ?」

何のことか分からず、ぼうっとしていると、

グイッ
と顎を引かれ、ローランの美しい顔が近づく。そして、そのまま二人の距離がゼロになろうとした時、
ぐぐっとローランの胸板を押した。

「え、ぇぇ、遠慮させて頂きます。」

「え~、それは悲しいなあ。」
なんて言いながら、マドリードの耳を触っているローランは耳まで真っ赤のマドリードをからかっていることだろう。

「それじゃあ、任務があるから、僕はお暇するよ。君の相手をしていたかったけれど。聞いてなかったけれど、君の名前は??」

「マドリード、ファン=バンリー=マドリード。」

「マドリードか。良い名前だ。マドリード、また会おう。」

耳が弱いことを知り、わざと耳元で話す意地の悪いローラン。

「ひゃっ。」

マドリードの耳にふっと息を吹きかけて、立ち去った。