やがてゆっくりと立ち上がったましろは、居間に置かれたちゃぶ台の方へと歩いて行った。優夜は動かない。
ぽたり、と、優夜が食べていた棒アイスが溶けて床に落ちた。
それを指で拭いつつ優夜がちらりとましろを見ると、彼女は扇風機の電源を付けているところだった。
優夜の視線に気づいたましろは、扇風機の風に髪をなびかれながらふわりと微笑む。白くて細い腕が、やけに鮮明に見えた。

「…行ってみたいとはあまり思わないけれど。でも、君が見てきたものを聞くのは面白いよ」

その時の感情をどう表現したらいいのか、優夜には分からない。

「そうだなぁ。私はここで育ったから、ここのことしか知らない。君はまるで別の世界から来た人みたいな、そんな感覚なんだけれど…、不思議とずっと昔から知ってる人みたいな気もするんだ」

手を伸ばしたかったのか、触れたかったのか、彼女を手にしてみたかったのか、妹のようだと思っていたそれが間違いだったのか、とか、そのどれでもあってどれでもなかったような、そんなことすら分からない。

でも、例えるならそう、

「…ねぇ、ゆう。今夜、森の奥に行かない?君に見せたいものがあるんだ」

まるで恋に落ちてしまったかのように、柔らかなその笑みを見た瞬間、びりびりとした衝動が胸に落ちてきたのだ。