引っ越し業者のおかげもあって、ほぼ翼の家の中に私が必要だったものは収まった。


「奏音、疲れただろ。ハッシュドビーフ出来たぞ」
翼はちょっといつもとは違うキュートな一面を見せた。


「えー作ってくれてたの?ありがとう」
翼は私が細かい片付けをしている間に夕食を作ってくれていた。


「初めての夕食を作らせてしまってごめんなさい」
私は少し恥ずかしくなった。


「何言ってるんだ。これからお互い助け合って生きていくんだから」


黒い眼鏡の奥の真っ黒な瞳が私にハートを吹き飛ばしてくる。私はそれに打ちのめされる。


「さあ、食べようか」

「うん、いただきます」

「どう?」

「うわぁぁ、美味しい!」

私はパクパクとルーに埋もれた牛肉とご飯を口に入れていく。


「良かった。奏音、話があるんだけどさ」
翼は仕事モードの顔に切り替わった。


「奏音、今の店は辞めて、国木田グループが今度新しく立ち上げるネイルサロンの店長をやってくれないか?俺が発起人なんだ」

真剣な眼差しで翼は私の顔色を窺う。


私はあまりにも突然のことに驚き、スプーンをお皿の上にカチーンと落とした。


「わ、私が?」


「ああ、国木田グループの一員として協力して欲しい。奏音、仕事辞めたくないって言ってただろ。両親にはもう話はしてあるから」


「………う、うん。私に出来るのかな?」


「大丈夫だ。俺が全面的にサポートする」


入籍した今、もうNOとは言えない空気。
紙切れ1枚ってこんなに重いものだったんだね?
私は頑張るしかないんだ。
今更だが、私はすごい人と結婚したんだと改めて認識した。