結婚披露宴がふたつ同時にできそうなホールは、人いきれで暑かった。
着てきたコートはクロークに預けたけれど、それでも背中がじっとりとしてきて、緋咲はニットワンピースの袖を少し捲った。

「盛況ですね」

大槻は涼しい顔で辺りを見回し、すぐに知人に声を掛けられる。

「私、時間までラウンジでお茶飲んでます」

緋咲を気にする大槻にそう声を掛けて、散歩がてら会場内をひと周りする。
左半分では初級、中級、上級に分かれた将棋大会が行われており、すでに準決勝まで進行していた。
敗れた人も右半分で行われている指導対局を受けたり、大会の行方を見守ったりと、会場の熱気は続いている。

その中で、なんでもないネイビーのスーツにコバルトブルーのネクタイが、緋咲の目を引いた。
貴時は招待棋士とともに指導対局のテーブルを忙しそうに回っている。
普段着しか知らない緋咲から見ても違和感がないその姿を、自然と目で追っていた。

やわらかい笑顔で何か話しながら一手指した貴時は、次の人のところに移動するとき、ふいに顔を上げて緋咲に気づいた。
思いがけないことに表情すらうまく作れずにいる緋咲に、貴時は一瞬ふわっと笑顔を見せて、次の瞬間にはもう指導に戻っている。

「ラウンジ、行くんだったっけ……」

やわらかいカーペットが敷かれた床は足音がしない。
自分が歩いていることさえ曖昧なまま、緋咲はゆったり広く造られた階段を、一段一段降りて行った。