「ただ、アマチュア棋界には振り飛車党が多くて、半分ほどは振り飛車党です。梅村王位は徹底した振り飛車党で、公式戦で居飛車を指したことはないそうです。それがアマチュアの振り飛車党からは強い憧憬の目で見られています。確かに、少数派でも自分を貫く姿は格好いいですよね」

「強いんですか?」

「文句なく」

当然であるが、棋士の人気はある程度その強さに比例する。
自分を貫いても勝てない棋士は認められない。
どこまでも実力、結果がすべての世界だ。

「トッキーは、どっちなんですか?」

「昔から居飛車党です。奨励会に入ってから、必要に迫られて振り飛車も勉強したようですが」

現在いるタイトルホルダー5人の中で、振り飛車党は梅村だけ。

「今日、梅村王位は手加減してくれないんですか?」

以前貴時が「緩める」と言っていた言葉を思い出して緋咲は聞いた。
イベントでの対局なら、地元の期待を背負った貴時に花を持たせるのではないか。
ところが大槻は強く否定する。

「まさか! タイトルホルダーが平手で奨励会員になんて負けられません」

「トッキーは……?」

「当然、勝ちに行きます」

ホテルが近づくにつれて車通りは多くなり、スピードも遅くなる。
何度も信号につかまりながら、オリオンブルーの車は順調にホテルに到着した。

「奨励会に入るとアマチュア棋戦には出られませんからね。市川君の真剣勝負、私も久しぶりで、とても楽しみです」

見上げるホテルは県内有数の高級ホテルだけあって威圧感がある。
曇り空の下のその姿に、緋咲は息を飲んだ。