「梅村一真王位、でしたっけ?……どんな人ですか?」

梅村一真。38歳。
12歳で奨励会に入って17歳で四段プロデビュー。
振り飛車党、特に四間飛車を得意とする。
定跡にとらわれない独創的な作戦で、タイトル獲得合計8期、棋戦優勝6回を誇る。
順位戦はB級1組、竜王戦は1組に所属。

貴時と対戦する棋士のプロフィールを読んでも、緋咲の目は文字をなぞるばかりで、一向に人物像が浮かばなかった。

「人気実力ともにある棋士です。振り飛車党……と言ってもわかりませんよね」

えへへ、と緋咲が笑うと、大槻も声を出して笑った。

「将棋の戦法は数限りなくあって、今も新手が生み出されていますが、大きくふたつに分けられます。それが“居飛車”と“振り飛車”です」

飛車は初形では右から二列目に置かれている。
それを概ねそのままの位置で戦うのが“居飛車”、そこから左側に動かして戦うのが“振り飛車”である。

「プロのおそらく7割程度は居飛車党です。振り飛車は指したことがない、という人もいるくらいです。最初は振り飛車党だった棋士の中にも居飛車党に変える人も増えて、振り飛車党はさらに少なくなっています。また近年コンピューターソフトで研究すると、飛車を振っただけで評価値が下がるんだそうです。飛車を動かした分一手損している、ということなのでしょう」

緋咲には当然その理由がわからないけれど、大槻にもわからない。
ただ、居飛車を指すか振り飛車を指すか、ということは、ただの戦法選択以上に意味深いものであるらしい。