紀子が作ってくれたお弁当の卵焼きに、箸をぐさぐさ突き刺しながら緋咲は深いため息をつく。
昼休みの教室はざわついていて、緋咲の悲嘆は目の前の七瀬にしか届かない。
「それですっっかり気落ちしちゃって、昨日からなーんにもやる気しないの」
「あんた、ただの傍観者でしょうに。そんな理由で英語の予習もサボったの?」
「予習なんてやってられないよ! トッキーの気持ち考えたら、ちょっとそっと怒られたって痛くも痒くもない」
「先生かわいそ……」
七瀬は購買で買ってきた生クリームサンドをいちごオレで流し込む。
この組み合わせを彼女はこよなく愛しており、毎日三食これでいいと豪語しているが、カロリーを考慮して週一回で我慢しているらしい。
「そんな状態で映画観て面白かった?」
ブサブサにした卵焼きを咀嚼しながら、緋咲は首をかしげる。
「映画?」
「昨日、翔太君と観に行くって言ってたでしょ」
それを聞いて緋咲は、箸をひらひら振り回す。
「ああ、別れた別れた」
「ええーーーーっ!! トッキーの話より、そっちが先でしょ! なんで!」
「『トッキーと俺どっちが大事?』的なこと聞いてきたから面倒臭くなったの。そんなのトッキーに決まってるじゃない。なんで同列に並べてんのよ、図々しい」
七瀬は無言で手を振る。
言いたい言葉が生クリームサンドに邪魔されて出てこられないので、いちごオレでごっくんと押し流した。
「いやいや、普通彼氏優先でしょ」
「じゃあ、七瀬は自分のお父さんと陵君だったらどっち取る? お父さん取るでしょ?」
七瀬は心底嫌そうに、顔を歪めて言い切った。
「まさか! 陵を取るよ。緋咲はお兄ちゃんと彼氏ならお兄ちゃん取るの?」
「なんでよ。彼氏取るよ」
「ほらね。トッキー選ぶのはおかしいって」
そう言われても緋咲にはわからない。
彼氏は代わりがいるけれど、貴時に代わりはいない。
“代わりがいない人”の代表として、七瀬には“お父さん”を提示したけれど、それでは納得してもらえなかった。
確かに“お兄ちゃん”に例え返されると、緋咲も彼氏を取る。
それならば貴時は一体何に当たるのだろう?