それは本当に見事な夕焼けだったけれど、緋咲の記憶にも貴時の記憶にも残っていない。
一緒に見た夕焼けなど、数多くあったからだ。
そのくらい、この頃のふたりは連星のように寄り添っていた。
けれど、貴時が這って、立って、歩けるようになったのと同じように、子どもの世界は目まぐるしく変化する。
そして大人の事情も日々変化していくものだ。

貴時がかろうじて“いーあん(ひーちゃん)”と発音できるようになった一歳八ヶ月頃、沙都子が仕事を始めた。
貴時は保育園に入れられ、また同じ頃、緋咲も小学校に入学する。
幼い頃の5歳差は大きく、次第に緋咲は緋咲の世界を、貴時は貴時の世界を持っていくのは自然なことだった。

同じ団地に住んでいても、緋咲と貴時が顔を合わせるのは月に一度か二度。
歳の差と性別の違いを考えると、その距離はどんどん開いていくはずだった。

「ん? これなんだろ?」

だからその箱を緋咲が見つけたことは本当に可能性の低い偶然でしかなく、人によってはそれを“奇跡”や“運命”と呼ぶかもしれない。

五年生になっていた緋咲は、貴時の家の押入れでかわいらしいダンボール箱を見つけた。
たくさんもらったブドウをお裾分けに市川家に行き、

「お願い、緋咲ちゃん! ちょーっとだけ貴時とお留守番しててくれる?」

と沙都子に拝まれたときのことだ。
小麦粉を買い忘れていたことに、調理途中で気づいたらしかった。
最寄りのコンビニまで片道5分。
それでも貴時ひとりを残して行くわけにもいかない。
手のかからない子ではあっても、貴時はまだ6歳になったばかりだった。

「トッキー、かくれんぼしようか」

県営団地の造りは基本的に一緒で、玄関を入って正面にトイレやお風呂。
左右に伸びる廊下の一方の先に6畳間がふたつ、反対側にはリビングとキッチン。
リビングの奥に6畳間がひとつある3LDKになっている。
緋咲が鬼に決まり、リビングで数を数えた。

「いーち、にーい、さーん、しーい、」

狭い団地の室内でのことだ。
隠れられる場所なんてたかが知れている。

「じゅーはち、じゅーく、にじゅう!」

近くで気配がしなかったので、緋咲はリビングを離れて6畳二間の方へ向かった。
右の部屋を覗くとそこは物置部屋になっていて、使わなくなったベビーカーやベビーベッド、冬を待つファンヒーターなどが雑然と置かれていた。
ざっと見たけれど、隠れられそうなところもない。
次に左の襖を開けるとそこには何もなかった。
寝室らしく、押入れには布団が詰まっている。
押入れの中は三段に分かれていて、一番下にマットレス、二段目に敷き布団や掛け布団、そして天井に近い三段目には、紙袋やダンボール箱が無造作に押し込まれていた。
その中のひとつが、そのかわいらしいダンボール箱だったのだ。