いつか、星の数よりもっと

『ん?』

貴時が飛車を進めた瞬間、聞き手の女流棋士が声を上げた。
その疑問にプロ棋士が答える。

『ちょっと、手順の前後がありましたね。詰むには詰みますけど、難しくしてしまった気がします』

そこから数手貴時が駒を進め、相手はその駒を取ったり、自玉を逃がしたりしていたが、突然相手の子が貴時の陣地に桂馬を打った。

『これは先手玉、大丈夫でしょうか?』

『いや、危ないです。非常に』

急転直下、貴時の方が追い詰められる形となっていた。
さっきまでの様子と違い、相手は落ち着いた手つきで駒を打ったり進めたりして貴時の玉を追い詰める。
貴時は防戦一方となっていた。

『10秒ー。…………20秒ー』

残していたはずの時間も使い切り、秒読みの中で玉を逃がす。
その行く手をパシーンと打たれた香車が阻む。
貴時はふっと肩の力を抜き、一瞬上を仰ぎ見た。
その瞳にライトがキラリと反射する。

『負けました』

両手を膝に置いて、これまでの誰よりもはっきりと貴時は投了を告げた。
緋咲と紀子の方が肩を落として、緋咲などはソファーに倒れ込む。

「負けたーーーー」

わかっていたはずなのに悔しくて仕方なかった。
何が悪くてこうなったのか、緋咲にはわからない。
だけど、あと少しだったことだけはわかる。
あと少し。
そのあと少しを、長らく貴時は背負うのだろう。

終局後のインタビューでも、貴時の表情は変わらなかった。

『悔しいです』

と、それだけを繰り返していた。
その姿を見ていた緋咲の方が目に涙を溜める。
さっきの六年生のように泣いてくれたらいいのにと思う。
準優勝のトロフィーと賞状をもらってもにこりともしない貴時の内側を、煮えたぎる涙が焼き尽くしている。
そんな気がしてならなかった。