「さーって、コーヒー飲もうかなー」
血も涙もない紀子は凝った身体を伸ばしてからキッチンに立つ。
「私も、私も!」
ホッとしたふたりは準決勝第二局の間を休憩時間とした。
お得用の醤油せんべいをかじりながら、お砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを飲む。
「準優勝ってことは、この次負けちゃうってことだよね」
二局目を流し見ながら緋咲は切ない声で言う。
「そうね。負けるのを観るのは辛いわね」
観るだけで辛いなら、勝負している本人はもっと辛かっただろうと、緋咲は新聞の中の貴時を見る。
アナウンサーも言ったように準優勝は本当にすごいことだけど、ここまで来て優勝を狙っていないはずはない。
「だから、教えてくれなかったのかな?」
準決勝まで残ったことも、準優勝したことも、放送があることも、貴時は何も言わなかった。
「あれ? こっちも五年生が勝った」
やはり体格差のある対局で、こちらは大阪の六年生と東京の五年生だった。
「この次トッキーが負けるってことは、この五年生の子が優勝するってこと?」
「そうみたいね」
紀子も新聞を確認してうなずく。
相手の五年生は貴時よりほんの少し背が高いけれど、そんなに差はない。
いよいよ決勝で緊張もしているだろうに動きも表情も少ない貴時と、それに比べたら落ち着きなく飄々とした相手は対称的に映る。
「見た感じは六年生ふたりの方が強そうなんだけどね」
「それを言うなら貴時君なんて一番弱そうよ」
「ケンカでは勝てないだろうね」
ケンカではないながら、パシン、パシン、と激しい駒音の応酬は続く。
貴時の様子は変わらずあまり時間を使わずに指していくが、相手の方は手が止まったり、わずかにため息をつくようなところもある。
「これ、本当にトッキー負けるの?」
結果はそのはずでも、貴時が勝てるような気がしてきて、緋咲も紀子も前のめりになる。
相手は髪の毛をくしゃくしゃと握り、体勢も斜めに傾いていて、明らかに形勢が悪そうだった。
その状態でも盤を見る目は鋭く、闘志はまったく衰えていないけれど。
『これは明らかに形勢が良くないので、思い切って指すしかないです』
プロ棋士の解説でも明確に貴時が勝ちに近づいていると言っていた。
緋咲はもう何度目になるのか、新聞を確認する。
「でも勝ちそうだよね」
紀子も黙ってうなずく。
「決勝は何試合かやって勝敗決めるのかしら?」
貴時は相手玉の近くにパシン、パシン、と駒を打ったり進めたり、どんどん追い詰めていく。
『これは詰みですね』
解説でも貴時の勝利を確信した言いぶりになってきた。
飲み残しているコーヒーも忘れて、緋咲と紀子は祈っている。