通話を切り、そのまま電源も落として、緋咲は急いでドライヤーをかける。
リビングに駆け込むと、紀子はテレビの正面を陣取って座っていた。

「デートは?」

「やめた」

紀子は肩をすくめただけで、座る場所を半分譲ってくれる。

「ほら、これ」

差し出されたのは数週間前の新聞。
中をめくると、
『市川貴時くん(小5)小学生将棋名人戦準優勝』
という記事があった。
紙面の4分の1ほどもあって、準決勝進出者4人が並んだ写真も載っている。
優勝した子のトロフィーは若干大きいように思えるけれど、4人全員がトロフィーを持っているから準優勝が誰かなんて写真だけではわからない。
彼らを取り巻くプロ棋士はみんな笑顔で、優勝者もへらっと笑っているけれど、貴時を含めたあとの3人は完全に無表情だった。

「あ、始まったよ」

紀子の声に顔を上げる。
番組は大会のダイジェストから始まり、参加者のインタビューなども交えて概要が説明されていく。

「なんかすごいね。トッキー、こんな中を勝ち上がったの?」

みんな真剣なのはもちろんだが、手つきや雰囲気から、かんたんに勝てる相手ではないとわかる。
参加者は全国で約3000名。
予選敗退した子の中からもプロになる人はかなりいるレベルなのだ。

始まる前にひとりひとりインタビューがなされ、貴時は一番最後だった。

『では市川貴時君。まず棋力はどのくらいですか?』

『四段です』

『普段はどんな風に将棋の勉強をしていますか?』

『将棋教室に通ったり、師匠から教わったり、家ではインターネットや詰将棋をしています』

『好きな科目はなんですか?』

ここで貴時はちょっとだけ考えて、

『国語です』

と答えた。

「トッキーうそつきー」

貴時は国語が苦手だった。
そもそも「勉強はどれも好きじゃない」と言っている。
点数自体は理系科目の方がいいけれど、何しろ本人にやる気がないので、それほど好成績とも言えなかった。
だから聞かれて迷った末に、適当に答えたに違いない。

『今回の目標は?』

『優勝します』

これまでの質問と同じように淡々と貴時は答えた。
これは出場した4人全員がそう思っているし、そう答えている。

続いてトーナメントの組み合わせ抽選が行われた。
箱に入った4本の扇子を一本ずつ取り、開くとABCDいずれかが書かれている。
AとB、CとDが準決勝を戦うことになるのだ。
貴時はBを引き、第一局で兵庫県の六年生と当たった。

「六年生になんて勝てるのかな」

腕力は関係ないとは言っても、小学生の一年差は大きい。
実際学年が下がるにつれて、勝ち残る割合は減っていく。
相手の六年生は、平均的な身長の貴時よりも、頭ひとつ以上大きかった。