ヒールのあるストラップシューズを履いていても、貴時の目線は緋咲より高い。
油断すると少し前を歩いてしまうその背中を、シャツの裾を掴んで引き戻した。
「トッキー背伸びた?」
「前に会ったの先月だよ? さすがに変わってない。ひーちゃんの中で俺はいつまで子どもなの?」
“ちいさなトッキー”は確かにいつも緋咲の中にいる。
しかし、改めて貴時を見上げて言う。
「もう子どもだなんて思ってないよ。身長の話だけじゃなくてね」
メガネ越しに貴時の目が緋咲を捉える。
見上げたまま、緋咲はにっこりと笑った。
「さすがに私も子どもをデートには誘わないよ」
暇潰しか口実というのは真実だったようで、緋咲は「トッキー選んでいいよ」と映画の選択を丸投げした。
「俺、全然わからない」
貴時が困った声を出すと緋咲は上映リストを確認して、
「これでいっか。トッキーはいい?」
とすぐ次に観られる作品を選んだ。
タイトルさえ確認したかどうかあやしいほどの適当さだ。
暇ではない貴時にとっても、映画は緋咲と一緒にいるための口実なので特に異論はない。
「結構面白かったね」
ショッピングモール内のカフェに貴時を引っ張って行き、緋咲は満足のため息をついた。
日暮れ時になり人の流れはやや落ち着いたものの、カフェ内はまだまだ喧騒に満ちている。
そんな店内を眺めていた貴時も、小さくうなずいた。
「今のCGってすごいんだね」
「感想が若者らしくないな」
「だって、映画なんて本当にずっと観てなかったから。ちょっとびっくりした」
内容は時代劇のバトルものだったけど、異能の忍術使いなども出て来てCGは多用されていた。
「『ずっと』って?」
「えーっと、小学校の卒業式のあと、家族みんなで食事に行って、その流れで。なんか犬が出てくるやつ観た」
ゆったりイスにもたれて話を聞いていた緋咲は、悲しげに顔を歪める。
「映画観る時間もないの?」
「そういうわけじゃないけど、ひとりでバスに乗ってわざわざ来るほど観たい映画もなかったし」
「友達は?」
「みんな受験だから」
「あ、そうだったね」
貴時は大学受験をしないので緋咲も忘れていたけれど、高校三年生の秋はもう瀬戸際だ。
授業以外にも講習に塾にと余裕などないだろう。
貴時はいつでも受験生のような生活をしているから、緋咲としても感覚が麻痺していた。