お散歩と言っても歩き始めたばかりの貴時がそんなに遠くまで行けるはずはなく、目の前の駐車場を少し歩く程度のものだ。
夕方の駐車場は、団地の陰に覆われて少し暗い。
念のため羽織ったパーカーが、ほどよく体温を保ってくれていた。

「トッキー! こっちだよー。ひーちゃんのところまでおいでー」

しゃがんで目線を下げた緋咲は、手を叩いて貴時を呼ぶ。
真っ直ぐ前には進めず、右に左によたよたしながらも転ぶことなく、貴時は緋咲を目指して歩いてきた。

「上手、上手! ほらほらこっち」

貴時が近づいてくると、緋咲はほんの少し後ずさる。
また近づくとまた後ずさる。
貴時の歩く距離は、先週よりも着実に伸びていた。

「よしよし、あとちょっと!」

さらに退がって陰から出た緋咲の横顔に、まぶしい光がぶつかってきた。
西日が緋咲の右半分をきらめく茜色に染める。
よたよた歩いてきた貴時も、その強烈な明るさに驚いてバランスを崩した。

「おっと、危ない!」

11kgの体重を伸ばした片腕で支えてから、緋咲は貴時を抱き直す。

「頑張った、頑張った! えらいよ、トッキー」

腕の中で貴時は嬉しそうに笑ってから、燃えるような夕焼けを見た。
改めて緋咲も、真っ赤な空と金色の太陽を見る。

「トッキー、すごい夕焼けだね」

「うーあー」

何かを発した貴時の顔を緋咲は驚いて見る。

「おばちゃん!」

近くで見守っていた沙都子が、何かあったかと駆け寄ってきた。

「うーあー」

「ほら! おばちゃん、トッキーが“ひーちゃん”って言った!」

沙都子は一瞬気が抜けて、次に吹き出した口元を手で覆う。

「ふふふふ。本当ね。貴時、上手よ」

「うーあー」

実際のところ、貴時が本当に緋咲を呼んだかどうかはわからない。
恐らく違うだろうと沙都子は思っていた。

「トッキーーーー!」

けれど、ぎゅうぎゅうと貴時を抱き締める緋咲がとても嬉しそうなので、沙都子も、もちろん貴時自身も否定しない。
ひとつに重なり境がわからなくなったふたりの影は、長く長く伸びていた。