緋咲の職場は比較的のんびりしていて、仕事に慣れるのはそれなりに大変でも、そこまで残業が続くことはない。
特に四月五月は研修のようなもので、ほぼ定時に帰っていた。
環境によって人は味覚も変わっていくものらしい。

「トッキーもブラックコーヒー飲むようになっちゃったし、みんな私を置いて大人になっていくよー」

仕事を思い出して暗くなっていた七瀬の表情がパッと明るくなる。

「懐かしーい。緋咲のかわいいトッキーね! いくつになった?」

「高校三年生」

「そんなになったの? なんだ、全然かわいくないじゃない」

頬杖をついて吐き捨てる七瀬は心底つまらなそうだ。

「最後に会ったときは小学生で、かわいかったのになあ」

緋咲と七瀬は中学校時代からの親友で、七瀬が遊びに来た折り、貴時とも会っていた。
遠慮なく貴時を撫で回す七瀬の手を、緋咲は何度振り払ったかわからない。

「まだ高校生だよ」

「大学一年のバカな男ども思い出してみてよ。あと半年もすればあれと同じだよ? 全っ然かわいくない」

相手が貴時ということを抜いて考えると、七瀬の言うこともなるほど一理ある。
が、一理あるだけだ。

「お待たせ致しました」

やってきたパンケーキは、プロの手によるものだけあって、分厚くうつくしい。
ダブルになるとほとんどタワーに見える。

「これ久しぶり」

笑顔でナイフを差し入れる七瀬は、それでも以前のようにメープルシロップをひたひたにかけたりしなかった。
バターをしっかりぬって、ほんのひとたらしシロップを落としただけ。
その程度では物足りなく、結局たっぷりシロップをかけた緋咲は、寂しい気持ちで七瀬のパンケーキを見ていた。

「みんな、変わっていくんだね」

「緋咲だって変わったよ。私、あんたは男がいないと生きていけない人だと思ってた」

「それひどい」

「ひどかったよ~。高校のときなんて『恋は消耗品』って言ってたし」

甘いパンケーキを口に入れたのに、辞書に実例として載りそうな渋面ができあがる。

「……思い出したくないこと思い出した」

「ふふふふ。岩永君の『トイレットペーパー』ね」