こんな田舎のホテルにドレスコードなど存在するのか知らないけれど、とりあえず恥はかきたくないので、緋咲はノースリーブのサマードレスで国際ホテルのティーラウンジにやってきた。

「さすがに中は冷えるね」

羽織っているカーディガンを脱ごうとしたものの、思い直してふたたび着る。

「そのワンピースかわいいね。だけどカーディガンない方がラインきれいじゃない?」

七瀬は良くも悪くも率直にものを言う。
こういうところはやはり女友達だ。
男よりツボを心得ている上に嫌みがないので、緋咲も素直に受けとる。

「でしょ? でしょ? 一目惚れして買ったの。でも素材的に汗吸わないし、冷房の中だと寒いし着る機会なくて」

緋咲同様カーディガンを羽織っている七瀬も深く同意を示す。

「こっちは夏も短いもんね。本っ当に暑いときは結局Tシャツ着ちゃって、気づいたら季節はずれになってる」

東京に住む七瀬ならまた違うだろうが、北国では残暑の季節もごく短い。
「涼しくしてください」と流れ星に願う間に、秋は近づいている。

「そうなの。だからこれだって結局今日初めて着たよ」

ようやくメニューに手を伸ばした緋咲に、七瀬は驚いた声を出す。

「へー! あんた、本当に彼氏いないんだ!」

「いないよ。何? 憐れみ?」

口を尖らせる緋咲に、七瀬は身を乗り出す。

「どのくらいいないの?」

「こっち戻って来てからだから……半年くらい」

「そんなの初めてじゃない?」

メニューから目線を外して、本来なら思い出したくもない過去の記憶をたぐる。

「…………そうかも。私、やっぱりパンケーキはダブルにする」

「私はシングルでいいや」

七瀬が会釈するとスピーディー且つスマートにスタッフがやってきた。

「パンケーキダブルとアイスミルクティー」

「私はパンケーキシングルとエスプレッソで」

「かしこまりました」

スタッフが下がるやいなや、緋咲は悲鳴に近い声をあげる。

「エスプレッソぉぉぉ!?」

つい去年まではチョコレートケーキにハニーミルクティーを合わせていた七瀬だ。
緋咲からするとエスプレッソなんて裏切りに等しい。

「私も飲むようになったのはごく最近」

七瀬は疲れた顔で近況を語り出す。

「最初は仕事覚えるのに必死でね。毎日残業、土日も勉強。せめて飲み物くらい癒されたいから甘いの飲んでたんだけど、」

水で口を湿らせて、深いため息をつく。

「だんだん気持ち悪くなってきちゃって。結局甘くないお茶とかブラックコーヒーになっていったの。疲れてぼんやりする朝なんて、エスプレッソくらいじゃないと目が覚めない」