「貸して。私がやる」

震える貴時の手に、震える緋咲の手が重なった。
炎は身長約130cmの貴時の顔の高さにある。
貴時より20cm以上高い緋咲の方が危険は少ないはずだ。
こんな小さな子に、守られているわけにいかなかった。

「トッキーは離れてて」

真っ赤に燃える炎は辺りに熱と光を放っていて、近づくほど熱さもまぶしさも強く感じる。
腕を目一杯伸ばし、俯きそうになる顔を必死に持ち上げながら、炎に近づいた。
息を止め、フライパンの上に覆い被さるようにしてバスタオルをかける。

「熱っ!」

バスタオルを持つ指先が、一瞬炎の中を通り、逃げるように手を離してしまう。
それでもバスタオルはフライパンを覆って、炎は見えなくなった。
10秒、20秒、30秒……
待っていても炎が上がってくる様子はない。
ホッとすると力が抜け、その場に座り込んでしまった。
手も身体も膝も小刻みに震えている。

「……よかった」

「ひーちゃん!」

貴時の腕が緋咲の肩と頭を抱き締めた。
支えているようにも、すがるようにも見える、幼い腕。
守らなければいけないはずなのに、大きく見えた背中だった。

貴時にしがみついて、緋咲は泣いた。
情けないとか、みっともないとか、考える余裕はなかった。
貴時はただひたすら、腕に力を込める。

「トッキー、ありがとう。よく知ってたね」

涙が落ち着いた頃、緋咲はそう言って、感謝を示すようにまだ少し濡れている貴時の手に触れた。

「幼稚園のとき、テレビで実演してるの見たことある」

「そんなの覚えてたの? やっぱりトッキーはすごいよ」

フライパンはしずけさを保ったままだが、まだ近づく勇気は出てこない。
床にポタリ、ポタリと滴を落とすバスタオルは水色で、車の柄がついていた。