緋咲と貴時の出会いは、緋咲が4歳、貴時が母・沙都子のお腹の中にいたときのことだ。

「おばちゃん、いつ産まれるの?」

「予定日は八月だから、緋咲ちゃんの幼稚園が夏休みに入って、ちょっとしてからかな」

「ええー! あしたがいいー!」

木々にようやく新芽が出たばかりだというのに、ほんのり膨らんだお腹に向かって緋咲は遠慮のない不満をぶつけた。

「緋咲、仕方ないでしょう。もっともっと大きくなってからじゃないと、赤ちゃんは病気になっちゃうの」

駄々をこねる緋咲を母・紀子は力づくで引き剥がした。
どうあっても八月にならないと赤ちゃんには会えないらしい。
それなら、と待ちきれず七月までのカレンダーを破って紀子に怒られるほど、緋咲はその誕生を楽しみにしていた。
それが貴時である。

緋咲と貴時が住んでいたのは古い県営住宅団地だった。
同じⅡ号棟で、緋咲は3階の301号室、貴時は1階の102号室。
母親の年齢が比較的近いことから、お互いの家を行き来するほどに親しく付き合っていた。

年の離れた兄しかいない緋咲は、ずっとサンタクロースに妹をお願いしていたけれど叶わず、念願叶っての赤ちゃん誕生だったのだ。

貴時は予定日より三週間早く、七月の終わりに小さな小さな身体で産まれた。
妹を望んでいた緋咲は、男の子だと聞いて少し落胆していたが、

「……かわいい」

初めて抱いた赤ちゃんは、ふわふわと頼りなく、いとおしさで壊してしまいそうだった。
それなのに、サンタクロースがお茶を濁して贈ってきたリリちゃん人形とは違う、強い生命力を宿している。

「緋咲。赤ちゃんはもうママに返してあげて」

どんなに見ていても飽きることがなく、ずっとずーっと抱いていたかった。

「まだダメ」

「緋咲。赤ちゃんもママがいいって」

「やだ」

「緋咲ぃー」

ハラハラする紀子をよそに、緋咲は腕が痺れても貴時を抱いている。
夏の盛りで、ゆるくかけたエアコンだけでは暑く、その腕は汗でベタベタになっていた。

結局ほとんど無理矢理に取り上げられ、それでも緋咲は沙都子の腕の中にいる貴時にベッタリ寄り添う。

「やわらかーい」

人肌というより、ホイップクリーム程度にしか感じないほど、その頬っぺたはやわらかかった。
小さな拳に人差し指を差し入れると、細くガサガサした指が、魔法のように動いてぎゅっと握る。
それは、血の繋がりはなくとも自分がこの子を守っていくんだ、と小さな胸に決意させるには十分な感動だった。