「あ! じゃあ、私が悩んでた駒の動きや、取る取られるってのは、どういう状態?」
リズムよく続いていた会話がピタリと止まった。
貴時の目は泳ぐように、窓の外に向かう。
「ねえ!」
「うわ! こぼれる!」
服を掴んで揺すったら、貴時がミルクティーを庇った。
蓋ははずれなかったけれど、飲み口に少し雫がはねる。
「……Tシャツってどう着るのかな? とか、下着と服はどっちが先かな?とか」
全裸で鏡の前に立ち、パンツの穿き方をうんうん悩んでいる自分を想像して、緋咲は頭を抱えた。
「……恥ずかしい」
「そんなことないよ! 服を着ようと思ってくれただけで、俺はすごく嬉しいし……」
「その例えやっぱり嫌ーーー!!」
緋咲は少し赤い顔で丼の底に沈んでいたメンマを拾い上げる。
「ほとんどの人は服を着てもさ、近くの公園や、せいぜい映画館デートくらいしか行けないのに、トッキーは遠く遠く、海の向こうも、山の向こうも、宇宙にも行けちゃうんだよね」
真っ青な空の向こうを想像しようとして断念する。
緋咲には行き止まりに見える空も、その先には果てなどない宇宙が広がっているらしい。
「別にひーちゃんは将棋の世界で遠くまで行きたいなんて思ってないでしょ」
「思わないけど、」
最後のメンマを食べてから、しみじみと貴時を見る。
「トッキーが将棋してるところ、初めてまともに見て思ったんだ。トッキーがピアニストならきれいな音楽が聴けたし、野球選手ならホームラン打つところが見られた。でも、トッキーの一番格好いいところ、私はわからないんだなーってね」
フードコートのカウンターは元々が狭い。
会話をするうちに、さらにふたりの距離は近くなっていた。
肩が触れ合うほどの距離は、貴時の目に太陽光の欠片が宿るところまで見える。
「俺の格好いいところ、ひーちゃんは知りたいって思うの?」
そんなことは当たり前なのに、緋咲は言葉に詰まった。
知りたいと思う気持ちはあるけれど、踏み込んでいいのかどうか、判断ができなかったからだ。
大槻の『幼なじみって、そんなに近しいものですか?』という言葉にも引っ掛かっていた。
何より貴時の目が、中途半端な答えでは許してくれないような気がして。
逸らせずにいた視線は、貴時の方から外された。
緋咲の真後ろにあった時計を見上げて、慌てて席を立つ。
「遅刻!」
走り出そうとして、ミルクティーの紙コップを気にしたので、緋咲は声を掛ける。
「捨てておく」
「ごめん! お願い!」
未だ賑わうフードコートのテーブルをくねくねと避けながら、貴時はホールへと走って行く。
動きの少ない競技をしていても、バネを感じる若々しい背中だった。
リズムよく続いていた会話がピタリと止まった。
貴時の目は泳ぐように、窓の外に向かう。
「ねえ!」
「うわ! こぼれる!」
服を掴んで揺すったら、貴時がミルクティーを庇った。
蓋ははずれなかったけれど、飲み口に少し雫がはねる。
「……Tシャツってどう着るのかな? とか、下着と服はどっちが先かな?とか」
全裸で鏡の前に立ち、パンツの穿き方をうんうん悩んでいる自分を想像して、緋咲は頭を抱えた。
「……恥ずかしい」
「そんなことないよ! 服を着ようと思ってくれただけで、俺はすごく嬉しいし……」
「その例えやっぱり嫌ーーー!!」
緋咲は少し赤い顔で丼の底に沈んでいたメンマを拾い上げる。
「ほとんどの人は服を着てもさ、近くの公園や、せいぜい映画館デートくらいしか行けないのに、トッキーは遠く遠く、海の向こうも、山の向こうも、宇宙にも行けちゃうんだよね」
真っ青な空の向こうを想像しようとして断念する。
緋咲には行き止まりに見える空も、その先には果てなどない宇宙が広がっているらしい。
「別にひーちゃんは将棋の世界で遠くまで行きたいなんて思ってないでしょ」
「思わないけど、」
最後のメンマを食べてから、しみじみと貴時を見る。
「トッキーが将棋してるところ、初めてまともに見て思ったんだ。トッキーがピアニストならきれいな音楽が聴けたし、野球選手ならホームラン打つところが見られた。でも、トッキーの一番格好いいところ、私はわからないんだなーってね」
フードコートのカウンターは元々が狭い。
会話をするうちに、さらにふたりの距離は近くなっていた。
肩が触れ合うほどの距離は、貴時の目に太陽光の欠片が宿るところまで見える。
「俺の格好いいところ、ひーちゃんは知りたいって思うの?」
そんなことは当たり前なのに、緋咲は言葉に詰まった。
知りたいと思う気持ちはあるけれど、踏み込んでいいのかどうか、判断ができなかったからだ。
大槻の『幼なじみって、そんなに近しいものですか?』という言葉にも引っ掛かっていた。
何より貴時の目が、中途半端な答えでは許してくれないような気がして。
逸らせずにいた視線は、貴時の方から外された。
緋咲の真後ろにあった時計を見上げて、慌てて席を立つ。
「遅刻!」
走り出そうとして、ミルクティーの紙コップを気にしたので、緋咲は声を掛ける。
「捨てておく」
「ごめん! お願い!」
未だ賑わうフードコートのテーブルをくねくねと避けながら、貴時はホールへと走って行く。
動きの少ない競技をしていても、バネを感じる若々しい背中だった。