大きな窓に沿って並ぶカウンターの隅で、緋咲は地元ラーメン店の醤油ラーメンをすすっている。
チャーシュー二枚にメンマとネギ。
これといって特徴のないラーメンだ。
イベントがあるときの昼、フードコートなど当然混んでいて、背後のテーブル席は喧騒に満ち満ちている。

感想戦が終わったのは12時半を回った頃。
サロンコーナーは交代で人が付くけれど、イベントも一旦お昼休憩となった。
貴時は控え室で、提供されるお弁当を食べているだろう。

窓は中庭に面していて、広がる芝生もぐったり暑そうに見える。
強い太陽光が池に反射して、水面の揺れに合わせてキラキラとその破片をばら撒いていた。

「ひーちゃん、それ好きだよね」

空いていた隣の席にまず紙コップが置かれ、続いて人影が座った。
ラーメンをすすっている途中だったので、すぐには確認できなかったけれど、「ひーちゃん」と呼ぶのは貴時しかいない。

「『好き』っていうか、これなら失敗しないでしょ?」

ラーメンスープはその土地によって特徴が違う。
地元に愛着がないようでいても、身体に染み付いたものには逆らえない。
どんなにおいしいラーメンであっても、別の地域の出汁では満たされない何かがある。

「そういうのを『好き』って言うんじゃないの?」

「言われてみればそうかも。結局最後に食べたい味って、慣れたものだよね」

感心する緋咲に笑いながら、貴時は紙コップを傾けた。

「それ、まさかブラック?」

蓋で見えない中身を想像して緋咲は訊ねた。

「ううん。ミルクティー」

甘いものには甘くないものを。
昨日そんな大人びたことを言っていた少年は、今日ずいぶんかわいらしいものを飲んでいた。

「頭使ったから糖分欲しくて」

頭の疲れを取るかのように、貴時はゆっくり左右に首を傾けている。

「でも余裕そうに見えたよ」

「今回は遠島さんの作戦負けなところもあったから」

何のてらいもなく貴時は言う。

「トッキーでもアマチュアに負けたりするの?」

「アマチュアでも強い人は強いよ? 元奨励会三段だってたくさんいるし、アマ名人あたりになるとさすがに楽じゃないよね」

重い頭を支えるように頬杖をつく姿は、すでにずいぶん疲れて見えた。