「おはようございます」

突然声を掛けられて驚いたため、座っていたパイプイスがガタガタと鳴った。

「あ、おはようございます。ご無沙汰してます」

「守口さん、でしたね」

「はい。覚えてらしたんですか?」

にこやかに笑う大槻に、立って頭を下げると、手振りで座るように示された。
躊躇ったけれど、大槻が隣のイスに座ったので、ふたたび腰を下ろす。

「もちろん覚えてますよ。印象的でしたから」

大槻将棋教室に通うようになって、貴時の棋力はグングン伸びた。
一年後にはアマ初段になっていて、それからはさらにハイスピードで昇段を重ねる。
そして三年生のときにはアマ四段、小学生将棋名人戦の県代表になった。
県内における将棋の最年少記録の多くは、現在貴時が持っている。

「そりゃそうですよね。三段にまでなっちゃうんだから」

「市川君はもちろんだけど、守口さんも。不思議なふたりだな、と思ったんですよ。最初から」

大槻はスタッフとスケジュールの確認をしている貴時に顔を向けている。
彼の目には17歳になった貴時ではなく、6歳の貴時が映っているようだった。

「年齢的に姉弟かと考えましたが、雰囲気が違い過ぎるし、友達にしては年齢差があるし、幼なじみと聞いて一応は納得したんですけど、」

大槻はそこで言葉を一度切って緋咲の方に顔を向けた。

「幼なじみって、そんなに近しいものですか?」

緋咲は大槻の目に浮かぶものを読み取ろうとするが、そこには初めて会ったときのような誠実さがあるばかりだった。

「今日久しぶりにお会いして、やっぱり少し不思議です。家族のような、親友のような、そのどれとも違うような」

「トッキーが生まれたときから知ってますから」

大槻はうんうんとうなずいたけれど、それは同意とは少し違っていた。

「実の姉弟でも性別が違えば距離はできるし、性別が一緒でも歳の差があればそれぞれの場所を見つける。そういう人の方が多いように思います。同じ目標に向かって一緒に頑張ってる者同士なら別でしょうけど」

「私、将棋なんて指せませんよ?」

カラリと明るい声で大槻は笑う。

「だから不思議なんですよね。それでもこうして、ここにいるんですから」