釣られてつい軽口を返したことがあだとなった。

「調子に乗ってんじゃねーよ! どうせ男と浮気してんだろ!」

苛立たしげに智哉は隣のイスを蹴り、テーブルにぶつかった。

「ちょっとやめてよ! 壊れたらどうするの!」

見たところ傷はなく、半分ほどに減ったカフェラテが小さな波紋を作っただけで被害はない。

「浮気なんてしてないよ」

疑われたことより、怒鳴られたことより、落ち着いたカフェで大声を出されたことに、緋咲も苛立った。

「前々からおかしいと思ってたんだよな」

「だからしてないって」

「じゃあ証拠出せよ」

「証拠……」

ないものをどうやって出せというのか。
証拠を出すべきなのは嫌疑をかけてきた智哉の方ではないだろうか。
そんなことを考えて言葉に詰まると、それを証拠と採用された。

「お前みたいな軽い女が一途なわけないと思ってたよ」

「あー、はいはい」

わずかな罪悪感はそれこそ宇宙空間にまで飛び去り、もはや緋咲の中には面倒臭さしか残っていない。

「見た目がちょっと好みだから付き合ってみたけど、面白くもねえし、可愛げもねえし、時間のムダだったわ」

緋咲が携帯を見ていたことを責めたくせに、自分は携帯を操作しながら捨て台詞を吐く。
少なくなったコーヒーをズズッと音をたてて飲み干した智哉は、

「もう連絡してくんなよ」

と席を立って出口へと歩いて行く。
カフェを出るとき携帯に向かって「あ、一花。今から行く」と言っていたように緋咲には聞こえたけれど、すでに確認するほどの興味も残っていなかった。
似たようなことが過去にもあったなあ、と懐かしい気持ちにさえなる。