「これ、洗って返します」

目の赤い大槻はピンクのハンカチをポケットにしまう。

「トッキーに渡しておいてください」

緋咲は何気なくそう言ったけれど、大槻は笑うような泣いているような複雑な顔をする。

「もう、なかなか会う機会もないでしょう」

驚いた緋咲が理由を問う前に、

「そんなことありません」

きっぱりとした貴時の声が割って入った。
大槻は決まり悪そうに視線を合わせない。

「お恥ずかしいところを……」

「大槻先生」

貴時は構わず話し続ける。

「私は当面地元を離れるつもりありませんし、指導も続けさせていただきます。まだまだこれからなんですから、これで満足されては困ります」

「それは、私が言わないといけなかったんですけどね」

責任を感じているのなら、最後まで背負ってもらおう。
貴時が大槻に負わせた荷は、重くあたたかい。

「ひーちゃんもおばさんもありがとう」

「貴時君おめでとう! あ、あんたたちふたりで並んで、並んで。写真撮ってあげる」

紀子に言われてふたり仲良く笑顔で写真に収まる。

「お母さん、その写真、すぐ送って」

ニコニコと携帯を操作する緋咲を、貴時は鋭い目で見下ろした。

「その服、肩のところ……」

「あ、これかわいいでしょ? ここが気に入って買ったの」

フレンチスリーブのドレスはざっくりとスリットが入っていて、肩が出るデザインになっている。
笑顔で袖をつまむ緋咲に、貴時はため息をつく。

「あの、背の高い男の人が、」

「さっきトッキーと話してた人でしょ?」

「ひーちゃんを紹介してくれって」

今にも差し出されそうな気がして、緋咲は貴時を睨み付ける。

「紹介すればいいじゃない。トッキーの人間関係まるごと崩壊するくらいこっぴどく振ってやるから!」

恐ろしい発言も、貴時はまばたきひとつでやり過ごした。

「ちゃんと『彼女です』って断ったよ」

「よしよし」

満足気な緋咲の袖を持ち上げて、「だからさ、今からでもここ縫ったら?」と尚も不満を訴える。
その声に、大きな笑い声がかぶさった。

「あっちにうちの旦那とバカ息子もいるんだけど、ごめんね。もう酔っちゃって挨拶できないかも」

紀子が剣呑な目で見つめる先には、緋咲の父・武志と兄・蒼志が団地の人たちと一緒にいる。
が、あちらはただひたすらな飲み会と化していた。