ところが、

「ひーちゃん、言わないで!」

その先を察した貴時によって、遮られてしまう。

「今は聞きたくない」

強い意志を感じるきっぱりとした声は、朝の空気の中ではことさらに潔く感じられた。

「ひーちゃんは気まぐれだからね。もしかしたらすぐに気が変わっちゃうかもしれないけど、それでも今は聞けないよ。俺、ダメになっちゃうかもしれないから」

「気まぐれなんかじゃない」

「そう? だったらいいな」

あまり信用されていないと感じたが、それでも今気持ちを証明してはいけない。

「四段になったら言っていいの?」

「いいよ」

「わかった。待ってる。だから早く四段になって、昨日の続きしてね」

付き合いの長い緋咲でも、初めて見る顔だった。
将棋は勝った時でもあからさまに喜んだりしないから、貴時自身もめったにないことだろう。
マフラーに半分埋めた顔は、耳まで赤かった。

「やっぱり聞かなくてよかった。今日俺、使い物にならないと思う。頭回らない」

「え! やだ! 事故に遭ったりしないでよ」

「……がんばる」

廊下を吹き抜ける風に、緋咲がコートの前を掻き合わせると、

「あ、ごめん。寒いよね? 俺もそろそろ学校行く」

と貴時は歩き出した。
寒さはどうでもいいけれど、緋咲も仕事があるので、コートをしっかり着てその後を追う。