ドアが閉まると、急に空気が重たくなったような気がした。
沙都子には10分と言ったけれど、時間を守るつもりはなく、ただこのままでは帰れないという、身勝手な気持ちしかなかった。

足を忍ばせても、少し動くだけで床がきしんで音をたてる。
部屋の中からは、そんなささいな気配すらしなかった。
けれどすぐそこに貴時はいる。
あたかもそれが貴時本人であるかのように、古びた襖にそっと触れた。
しかしとても声をかけられるものではなく、気配を殺してゆっくりその場に座り込み、立てた膝に額をあずけて目を閉じた。

『何もできません。見守るだけです。時にはその応援すら負担になることもあるでしょうから』

何もできない緋咲は、一体どうしたらいいのだろう?
この胸の中で溢れる想いは、トイレットペーパーほども役に立たないものなのだろうか?

不思議としずかな夜だった。
車の音ひとつ、二階の足音ひとつ聞こえない。
唯一どこかにある時計の秒針の音だけが、かすかに聞こえていた。
さながら闇と静けさが、貴時を守っているかのようだった。
膝が額に張り付くくらい緋咲は長いことそうして、秒針の音を聞いていた。