「……すみません」

赤信号で止まったとき、ささっとティッシュで涙を拭いた。
視界ははっきりしたのに、フロントガラスには細やかな雨粒が落ち始める。

「市川君はプロになれます。必ず」

動くワイパーさえ見えていないように、大槻は熱っぽい声で断言した。
そして、その熱を含んだまま声を落とす。

「万が一プロになれず、退会するようなことがあれば、私も教室を閉めます。これ以上誰かの人生を狂わせられないですから」

「私には、何ができるんでしょう?」

すぐそばにいるのに、メソメソ泣くことしかできない自分が歯痒かった。

「何もできません。見守るだけです。時にはその応援すら負担になることもあるでしょうから」

胸で痛むこの気持ちの名前を、緋咲は知っている。
もうずっと昔から心の中にあったのか、今初めて芽生えたのか、それはわからない。
それでも、小さな身体で炎から緋咲を守ろうとしてくれたのも、緋咲が何の打算もなく手を伸ばせるのも、“いとおしい”という気持ちを教えてくれたのも、貴時だった。
この世界に、どれだけたくさんの人がいたとしても、そんな人は貴時しかいないのだ。

消耗品などではない。
むしろ、結晶のように少しずつ強く大きくなっていくものだ。
今なら岩永に、素直な気持ちで『負けました』と言えるだろう。