この空を羽ばたく鳥のように。




 「そうですか……そう申していただけると助かります。何から何までお気遣いいただき感謝いたします」



 そう話すえつ子さまにうなずくと源太は言った。



 「では、埋葬する場所を準備してまいりますので、そのあいだにお別れを済ませていただきたく存じます」



 ……えっ?



 「も……もう?もうすこし、ここに……」



 源太の言葉に驚いた。あまりに早すぎる別れに、思わず口をはさむ。
 皆が私を注視するなか、源太も私のほうへ顔を向け、表情を変えることなく淡々と言った。



 「今なら二の丸方面の砲撃は弱まっています。早いうちがよろしいでしょう」



 そう言われては何も言えない。
 もっともらしく父上もえつ子さまもうなずくので、私も従うしかなかった。


 源太達が鎧櫃に移したお祖母さまを埋葬するための穴を掘りに出てゆくと、皆がお祖母さまに最後のお別れの挨拶を済ませた。

 それから後事は源太に任せることにして、父上はお勤めに戻られた。みどり姉さまもお勤めに出ると言う。

 お勤めが何より一番大事。私もそうしようと思ったけれど、母上に止められた。



 「さより、お前は顔色が悪いわ。ここでお祖母さまについていてさしあげなさい。代わりにわたくしがお勤めに出ましょう」



 そう言い置き、母上はみどり姉さまについてお勤めへ向かい、えつ子さまは郊外で戦っている誠八さまや金吾さまへの手紙を書くために紙と筆を手に入れようと出られた。

 ひとりきりになった私は、再びお祖母さまの傍らに座る。

 鎧櫃に納まったお祖母さまの生気を失ったお顔を見つめ続けるだけで涙がまたあふれだす。

 目元を拭い、懐にしまっていた拓殖の櫛を取り出した。



 (この櫛は、お祖母さまにお返ししたほうがいいのかもしれない)



 あの世へ旅立ったあと、髪を整えるために必要なのではないだろうか。私が持つより――――。



 「さよりお嬢さま」



 呼びかけられ、はっとする。いつの間にか源太が戻っていた。外には九八と助四郎も待っている。



 「お別れは済みましたか。運び出しますよ」

 「あ……ええ」



 そう言われても鎧櫃のそばを離れられない。櫛をどうしようか、まだ心が定まらなかった。



 「さよりお嬢さま」

 「ああ……ごめんなさい。この櫛を鎧櫃の中に入れようか考えてたの」

 「櫛?」



 源太が私の手の中にある櫛を見下ろす。



 「ゆうべ、お祖母さまからこの櫛をお借りしたの。私の乱れた髪をご覧になって、女子はいかなる時も身だしなみを怠ってはならないと教えられて。……だからこの櫛で、毎朝お祖母さまの髷を整えてさしあげたかった」

 「さようでしたか……」

 「でも……やっぱりお借りしたものだもの。お祖母さまにお返ししなくちゃ」



 踏ん切りをつけるように言って鎧櫃の中に櫛を入れようとすると、源太の一言がそれを止めた。



 「その櫛はお嬢さまがお持ちになられたほうが、お刀自さまも喜ばれると思います」

 「え……?」



 源太はお祖母さまのお顔を見つめながら続けた。



 「櫛はその方の分身と申します。一緒に土に帰すより、お嬢さまがお持ちになり、お刀自さまの教えをつないでゆくことこそ大事なのではございませんか」



 お祖母さまの教え。それを私が他の人に伝える。
 それは櫛とともにお祖母さまの思いが人の心に生き続けることになりはしないか。



 「お祖母さま……」



 また涙があふれる。一度手放そうとした櫛を両手で包み抱きしめる。



 「そう……そうね。源太の言うとおりだわ」





 鎧櫃の蓋が閉じられ、九八と助四郎の手で運ばれてゆく。

 自分の無力さを感じながら見送り立ちつくす。声を漏らすことはなかったが涙が止まらない。



 (さようなら……お祖母さま)



 私もいつかそちらへ行くだろう。それは明日かもしれないし、もっと先のことかもしれない。



 (きっと 寂しくない)



 その時が来ても。
 八郎さまやお祖母さま、そして竹子さま。
 先に亡くなられた方がたがきっと待っててくれる。
 そう思うと、この苦しさから解放されるならば、お祖母さまに従いたいとさえ考えてしまう。


 九八達の姿が見えなくなってうつむく私に、源太がすっと近づき小声で言った。



 「お嬢さま、気をしっかりお持ちください」



 ハッとする。表情から読み取られただろうか。



 「強くなるのでございましょう。でなければ、私も心を乱してしまいます」



 淡々とした口調に、突き放されたような寂しさを感じた。

 源太は優秀だ。あれから感情を一切見せず、壁一枚隔てて私に接する。



 「わかってる」



 涙を拭うと唇を噛みしめて力強く顔をあげる。
 気丈な顔を源太に見せるつもりだった。


 ――――のに。


 視線が源太の顔を捉える前に、目の前が真っ暗になった。



 「お嬢さま……⁉︎」



 フッと意識が遠のく。誰かの腕に抱きとめられた気がした。



 ――――強くなる。



 ひとりでも立っていられるように。
 源太に迷惑がかからぬように。

 たしかにそう決めた。


 でも、どうしようもなく自分を支えきれなくなったら。
 私は 誰に助けを求めればいいの――――?





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