この空を羽ばたく鳥のように。





 「ともかくここは危ない。本丸へ参るぞ。ついてまいれ」



 父上に促され、二の丸から本丸のほうへと、荷物を持ち移動することになった。

 けれど荷物を担いで文庫蔵から出たとたん、ヒュンと風を切る音が耳を打つ。



 (えっ)



 ドキッとして背中に寒気が走る。間髪入れずにまたヒュンヒュンと風が鳴った。



 「ぎゃっっ」



 大きな風呂敷包みを担いで目の前を駆けていた人夫が、短い悲鳴をあげていきなりのけぞった。

 驚愕の表情を浮かべたまま仰向いて倒れ、胸に鮮血が滲んでくる。そのまま人夫は動かなくなった。


 一瞬の出来事だった。
 ほんの一瞬で、今 ひとつの命が失われた。



 (うそ……!)



 キャーッと悲鳴が飛び交い、騒然と駆け出す人々の中へ、敵の撃つ小銃弾が雨あられと容赦なく降り注ぐ。

 弾は雨でぬかるんだ地面の泥を跳ねあげ、蔵の壁に無数の穴を開け、屋根の一部を(はじ)き飛ばす。

 激しい勢いは、逃げ惑う人々を恐怖に至らしめた。
 当たった人はもがき苦しみながら死んでゆく。


 本丸や正面の北出丸、西出丸は城塁の上に白亜の城壁がぐるりと取り囲んであるが、
 二の丸・三の丸にはそのような防壁はなく、その周囲には樹木やカラタチの生け垣でなる土堤がめぐらされていただけだった。


 敵弾は堀の向こうから次々と飛んでくる。

 弾の来る方角はわかっていても、土堤に囲まれ、弾道も敵の姿も確認できない。

 いつこちらに弾が飛んでくるか、いつ撃たれるか知れない恐怖に、皆がおののいた。


 それはまるで、地獄の入り口に迷いこんだよう。



 (いいえ。もう地獄ははじまっているんだわ)



 「頭を低うせよ!廊下橋までいっきに駆け抜ける!」

 「はい!」



 先頭に立ち、自ら誘導する父上の背中を必死で追う。
 お祖母さまは再び源太の背におぶさられて後に続く。
 雨で濡れた荷物が重い。ぬかるみに足を取られて転んでしまいそうだ。


 はやく、はやく。
 早くお祖母さまや母上達を、安全な場所へ―――。



 「ご婦人がた!こちらへ!こちらの土手の下をお通りになられよ!さすれば弾は避けられます!」



 土手下で、親切な藩士が大声で手を振って招く。

 父上は迷わず土手へ向かった。
 土手下まで来ると、それに沿いながら身を隠すようにして、二の丸と本丸のあいだを唯一つないでいる廊下橋を目指す。

 後を追ってなんとか廊下橋を渡り、高い石垣と白亜の城壁に囲まれた廊下橋門まで来ると、父上は駆けていた足をやっと緩めた。



 息が切れそうだ。



 安全と思える場所まで来ると、立ち止まって息を整える。
 ふと見上げると、高い防壁で(せば)まれた灰色の空に、もうもうと立ちのぼる黒煙が見えた。



 (まさか……火事……?)



 城下が燃えてる。

 瞬時に、そう悟った。