この空を羽ばたく鳥のように。





 「えっ……!?」



 一瞬の間のあと、身体を離した喜代美が驚いて私を見つめる。



 「いま……なんと」



 問われた私は彼の目をまっすぐ見つめて、もう一度よどみなく告げた。



 「私が好きなのは喜代美よ。私にとって、喜代美と寄り添い日々を過ごすことが、いつの間にか かけがえのないものになっていた。
 でも……姉の立場でそんなこと考えてはいけないと、何度も想いを打ち消してた」



 暗闇を照らすわずかな明かりの中で、喜代美の表情が驚愕の中にも高揚するのが見て取れる。
 動揺を隠せない彼の目が泳ぐ。



 「ですが、あなたはあのおり……」

 「そう。私はあの日、喜代美に“夫婦になってくれるか”と問われて、頷けなかった……」



 つと目を伏せる。あの時 頷けなかった悔恨(かいこん)に、私はずっと(さいな)まれていた。



 「頷けなかったのは、一瞬でも喜代美の優しさが、自分の身を立てるためだと疑ってしまったから。
 けれど そうじゃなかった……。
 いつだって喜代美は、私のことを考えてくれていた」



 喜代美の顔を見上げると、その澄んだ瞳に私が映っているのが見える。
 このまま、ずっとずっと私だけを映していてほしい。



 「私は喜代美が一番大切なの。ずっと喜代美のそばにいたい」



 答えを求めるかのように、手を伸ばしてその頬に触れる。
 私の心に、どうか応えて。

 見つめたまま、喜代美は自分の頬に触れる私の手をそっと握った。
 そしてその手をゆっくりと下ろすと目を伏せる。



 「……それでもあなたは、八郎兄に惹かれていた。
 八郎兄はあなたに、私にはさせることのできない顔を何度もさせておりました。
 あなたはやはり、八郎兄の男らしくたくましい部分に戸惑いを覚えながらも、気にかかるものがあったのだと思います」



 自分には持ち合わせていないものを持つ兄君。
 いつだって八郎さまは、喜代美にとって尊敬する兄君なんだ。










 ※悔恨(かいこん)……あやまちを悔やみ、残念に思うこと。