加え。
「誰もいない」
人影がない。
不思議だ。
伊織はどこに?
本当に、この場所に?
眉をひそめ奥の方を睨んでいれば
柚が行くぞと私の肩を叩いた。
「あ、うん」
「蛇のアジトは奥行きがえげつねんだよ」
「…へえ」
「あと三棟分くらいある」
「…すごいね」
どうやらここに来るのが初めてでは無いらしい柚。
ズンズン進んでいく背中を、私は慌てて追いかける。
「…ここのどっかに伊織がいる、としたら」
「…」
「そこにはうやうや居るはずだ」
「…うん」
「薄汚え同類が、俺らを待ってるはずだ」
「うん」
「芹那」
「はい」
「お前はここで待ってろ」
そう言って柚が指を差す先は、ドラム缶が五つほど詰まれたその後ろ
人一人ほど入れそうな、狭い隙間だった。
「…わかった」
私もそれに、大人しく頷く。
「烈たちとこまめに連絡取ってくれ」
「…柚あんた、一人で行くつもり?」
「……伊織探して、すぐ帰ってくるよ」
「…無茶よ」
「割と強いぜ?俺は」
「約束して」
「あ?」
「30分で戻ってきて」
「…ん、了解」
「じゃなきゃ私も行くから」
至って真剣だった。
この際、バレるだのなんだのは気にしていない。
30分がリミット。
それを超えれば、私が行こう。
私に出来ることがあるかは、分からないけど。
ーー私が柚に向けたのはそんな、
多くの意味を孕んだ怪しい視線だった。
柚はそれに気づいたのか、はたまた気づかなかったのか
「30分もくれんのか」と
軽く笑った。



