こじれた恋のほどき方~肉食系上司の密かなる献身~

「酒井、待て。どこに行くんだ」

薄暗い廊下をどこに行くでもなく歩いていると、後ろから腕を掴まれる。最上さんであることはわかっている。振り向いたら、きっと私はもう我慢できなくなる。

「わ……で、す」

「え?」

振り向くことなく俯いて出た言葉は途切れ途切れだ。自分でも何を言っているのかわからない。

「小学生のときに……私も母を亡くしてるんです」

あれは小四の夏だった。友達と遊ぶ約束をしていつものように家に帰ると、母が事故に遭ったと父から告げられた。病院に駆け付けたとき、すでに母は亡くなっていた。

お母さんが死んじゃった……。

白い布を顔に被せられた姿を見てそう悟った。頭ではわかっているのに気持ちが追い付いていかなくて、きっと寝ているだけなのだ、なのにどうして動かないのか、と父に尋ねたら泣きながらいつまでも私を抱きしめてくれたのを覚えている。優しくて再婚もせずに男手ひとつで私を育ててくれた父。神様はそんな父までも私から奪おうというのか。