東吾は相変わらず忙しい。最近は地方の工場に視察に行くことが増えて、会社を空けることが多かった。
 
 今回は開発の西主任が同行して、東吾はついでに一人残って関連会社に挨拶をしてくるらしい。出張の時は基本私は同行せずに、留守を任せられることが多いので、必然的に会えない時間が多くなる。

 仕事中はもちろんプライベートな話はしないし、むしろ事務的で淡々とした雰囲気だけど、それでも同じ部屋で息遣いを感じられるだけで、心は安定するものだ。ふとした拍子にお互い気が緩んで、一緒にお茶を飲む時間もまた楽しい。そんな時間を思い返しては、社長室の隣の本来のデスクで一人黙々と作業をこなす日々は、寂しい。

 いっそのこと秘書室に仕事を持ち込もうかな、とまで考えたところで、電話が鳴った。脊髄反射レベルで染みついた動きで手が動いて、ワンコールで受話器を取ると、今一番聞きたくなかった声が響いた。

『梶浦です。こんにちは』

 ずん、とまたみぞおちの辺りが重みを増す。その重苦しさを悟られないように、努めて冷静な声を出す。

「申し訳ありません。上條はただいま出張中でして」
『知ってるわ。本人に聞いたもの』

 だったら一体何の用だ。本人に、とわざわざ強調したことに苛立ちを覚える。

『今日は、あなたの予定を聞きたくて』
「……私の?」
『ええ』

 訝しみ戸惑う私に対して、雅さんは電話の向こうで嫣然と笑っているような気がした。

『一度、二人でお話してみたくて。会ってくれないかしら』