それから社長室では水面下であるプロジェクトが発足した。その名も「佐倉目安箱」(命名社長)。

 社長、ひいては社全体に対する意見・要望を、なんでもいいから秘書の私までメールで送りつけてもらおうというものだ。
 専用のアドレスを用意して、真木や茉奈ちゃんなど若手を中心に、口頭で広めてもらう。表向きは非公式なので、社長は直接関与していない、という形にした。投書の形態も、提案書として一定の書式の形を取ってもいいし、一言二言コメントみたいな形でも全然構わない。

「そんなんで意見なんか集まんのかあ?」という真木の意見も、「どうせ愚痴みたいなくだらないコメントばかりになりますよ」という茉奈ちゃんの意見も最もだと思ったけど、私は「やはり若手の意見が聞きたい」という社長の希望を尊重したかった。とりあえずやってみようと、あまり期待を寄せずに開始する。

 始めた当初は予想通り、全く意見は集まらなかったし、来たとしても匿名で上司の嫌がらせに対する愚痴とか(しかも上司の名前まで伏せてある場合が多い。そこ肝心なんだけど)、どこそこの電気が切れている、コピー機の調子が悪いなど、それは総務に言ってくれと思うようなメールばかりだった。

 それでも挫けず、解決できそうな問題なら総務に話を通し、時には直接現場に赴いて、一つ一つ地道に対処していく。

 休憩室の自販機のラインナップがショボすぎるという意見は、前々から私も同じように思っていたので、ダメもとで社長に進言してみたら、思いもかけず話が通った。一杯ごとにミル挽きして淹れてくれるその自販機の最初の一杯を堪能したのは私である。