あんずはすごい。
仕事に行って、家のことまでしてくれて。僕もあんずになにかお返しをしなければ。そう思った。
だから、
「あんず、明日は僕がお弁当作ります」
「え、そんな申し訳ないです」
「いいの。いつもあんずが作ってくれてるのでたまには僕にもやらせてください」
そう言って、次の日はいつもより早く起きて朝ごはんとお弁当の準備をする。と、いっても僕のレパートリーは決まっていて。
卵を割りボールの中で溶いていく。それと同時に刻んでおいた野菜をコンソメスープの中へ入れた。
「はぁー、」
早起きしたせいで思わず欠伸が漏れる。本当にあんずはこれを毎日やっているのだから頭が上がらない。
冷蔵庫の中からぱっ、ぱっ、と目当てのものを取り出し順調にお弁当作りは進んでいった。
溶いた卵はオムレツにし、火にかけておいたスープも完成。朝ごはんの準備ができ、お弁当のおかずも丁寧にお弁当箱の中へ詰める。
時計を見れば開始から2時間が経とうとしていた。
やっとの思いでお弁当を作り終え、リビングの引き出しから小さなカードを取り出す。
そろそろ仕事で家を出なければいけない僕はあんず宛にメッセージカードを書いてお弁当箱と包みの間に入れた。
寝室の扉を開ければ、まだすやすやと眠っているあんずがいる。
「いってきます。お弁当忘れないでね」
その言葉を残し、家を出た。
***
お昼休み。僕は自分の作ったお弁当箱をデスクの上で開く。と、
「お、瀧、また愛妻弁当ですか?」
「うるさい」
面倒くさい奴に絡まれた。
「なんだよ、冷たいな。仲良し同期だろ」
「同期だけど、僕は柳下と仲良しだと思ったことは一度もないよ」
「あっそ、」
なんとも軽いノリで呟く柳下に早くどこかに行ってくれと思いつつ、お弁当の蓋を開け、つつこうとすれば、
「へー、すごい凝ってる弁当。朝からそれだけ作ってくれるなんて、お前やっぱり愛されてるのな」
柳下がそんなことを言ってくるから思わずカァッと顔が熱くなった。
「……お前、本当にうるさいよ。早くどっか行け」
「はいはい。奥さんへの優しさをたまには俺にも分けて欲しいものですね」
赤い顔を見られたらまたおちょくってくるに違いないので、見られないようにいつもの感じであしらえば呆れたように柳下はふらふらとどこかえ消えていった。
目の前のおかずを見て、急に恥ずかしくなる。
「はぁ、」
小さくため息が漏れた。
肉巻きアスパラは、前にあんずが作ってくれて「私これ好きなの」と言っていたもので。
和風スパゲティは、ふたりで食事をしに行った時にあんずが終始「おいしい、おいしい」と言って食べていたもの。
じゃこと大根のサラダは、食事に行ってメニューにあるとあんずが必ず注文するもので。
エビとブロッコリーのソテーは、あんずが好きなものふたつを合わせたもの。
朝ごはんのオムレツは一度。結婚する前に僕があんずに初めて作って「おいしい、おいしい」と気に入ってくれたものだった。
“へー、すごい凝ってる弁当。朝からそれだけ作ってくれるなんて、お前やっぱり愛されてるのな”
さきほど柳下に言われた言葉が脳内でリピートする。
「……だから、うるさいって」
ぽつり、独白を溢してゆるりと口元を緩めた。
「でも、しょうがないだろ。大好きなんだから……」
あんずの大好きなものが詰まったお弁当をつつきながら、あんずが喜んで食べて、午後の仕事を頑張ってくれたらいい。なんて思った。
僕のレパートリーは決まっている。
あんずの好きなものしか作れない。