名月とは八月十五の月のことでその日は月が最も輝く日だと和尚から聞いたが、それだけでは何も思い出さなかった。
名月、漢字は覚えてはいるのだが、読み方だけは何故か思い出せない。
そのままメイゲツと読むのか、ナツキ、ナヅキ・・・それとも他の読み方だろうか、やはりそれは違うだろう。
それにしても不思議だ、読み方だけを忘れてしまうというのは。

和尚から聞いた話だが和尚と初めて出会った日、あの日は八月の十五の夜だった。強い邪気が森を覆っていて、様子を見に行くと名月が鉈を抱え何の者かに追われているように逃げていたと、そして名月からその邪気を感じたと言っていた。
和尚を見たとき名月は気を失い邪気が消えたそうだ。

不思議に思いながらも幼い名月が可哀そうなので和尚は死を覚悟で幼い名月を寺に運んだ。
何故死を覚悟なのかと聞いたらあまりにも強い邪気は生命に死をもたらすとのこと。
それを聞いたときそこまで強い邪気だったのかと思った。
それならば何故名月は死ななかったのだろう。

目が覚めると記憶がさっぱりなくせいぜい覚えているのがあの日の夜と名月という漢字だけ、仕方ないのでこの寺で住むことになった。和尚が言うにはあの邪気に耐えられることができず、一時的な記憶喪失だと言ってはいたが、あれから十年がすぎた。記憶は戻るのだろうか。


一緒に持っていった錆びた鉈は一様可能な限り調べたが何も解からなかったらしく、ただの鞘から抜くととすらできない。全く持って使い物にならない錆びた鉈みたいだが気になって封印の札を張ると、札が霧のように消えたり、燃えたり、融けたらしいがそれは八月十五日の月だけだった。

本当かどうか和尚から札を一枚貰い試してみたが全く消えたりもしなかった。