「早く引っ越して来ればいい」と言うのに「そういうのは順番が大切」と聞かない朱音は週末に泊まりに来ても必ず帰っていく。

 今も「帰り仕度をする」と言って洗面所へ化粧をしに行ったようだ。
「わざわざ帰るなよ」って言ったところで聞く耳を持たない。

 俺は少し不貞腐れた心持ちでベッドから出ようともせずに布団に包まった。

 真面目過ぎて閉口するけど、そういうところが……って思ってしまう自分はたぶん一生彼女に頭が上がらないから、そう思っていることは口が裂けても言えない。

 ナイトテーブルに置いてある携帯が振動して何かの着信を告げる。
 見るつもりはないのに、視線に入った画面上のメッセージが目に焼き付いた。

『健太郎:会いたいから連絡して』

 男友達と会うなとは言いたくはない。

 だとしても健太郎って誰だよ。って思うのが普通じゃないのか。
 それとも俺は器が小さい男なのか。

 洗面所から戻ってきたらしい朱音が点滅している携帯に気がついたようだ。
 手に取って「あ、健太郎。どうしたんだろう。懐かしい」と言葉をこぼした。