唇が触れた。


 キスってもっとこう、甘くて切なくて優しくて、した瞬間涙が溢れたり爪先まで痺れたり、下腹部が疼いたり胸が苦しくなったりするんだと思ってた。

 日野が私にしたそれは至極素っ気なくて、前髪が触れたとわかっただけで、特別いい匂いがしたわけでもなくて、強いていうならおひさまの香りがした。



 吐息が白んだ。

 飴色の瞳がそっと私の睫毛を撫でて、何事もなかったようにまた、隣のベンチにもたれかかる。


「いい天気だね」

「そだね」

「…………日野は」

「ん」

「日野は私のこと好きだったのか」

「なんで過去形?」

「なんとなく」

「多香はどうなんですか」

「女性から言わせますか」

「レディーファーストですね」

「ここで使うなや」