「え、ひなじゃなくて、俺?」

「はい」

確信を持って頷く栗谷さんに、思わず理由を聞かずにはいられなかった。

「なんで?」

「実は私、新入生オリエンテーションの時、途中で気持ち悪くなってしまって外に出たんです。
もともと人混みが苦手で。」

新入生オリエンテーション……。

「でもトイレが分からなくて、タオルで口を抑えたままキョロキョロしてたら、篠崎先輩がさりげなく「大丈夫?トイレだったらあっちだよ」って声をかけてくださったんです」

そんなことあったっけ。

「……きっと篠崎先輩にとっては、当たり前のことをしただけだから、覚えてないと思いますけど、
私にとってはすごく嬉しかったんです。」

やばい。照れる。

「栗谷さん、修正しないと!」

平静を装って話題を変える。

後輩に褒められるってこんな嬉しいんだな。

「あ、脱線してしまってすみません!」

栗谷さんも俺の動揺には気が付かなかったようだ。
よかった。

「……じゃあ、また同じミスをしないように少し丁寧にやっていこうか。」

「はい!」




「ほら、そこ。
1260+3750の計算間違ってる。
5010だよ。」

「は、はい!」

「ここからは、打ち込みがズレてるだけだから、ひとつずつずらして行って。」

「はい!」

数秒の沈黙のあと、栗谷さんがおずおずと口を開いた。

「あの、篠崎先輩は帰らないんですか?」

何度も言うが、この子は本当に責任感の強い子だ。

「同じ仕事の後輩が残ってるんだから残るのが当然でしょ。」

「あ、ありがとうございます。」