そんなことを言われても、会社の後輩の前で裸になるわけにはいかない。でも汗は拭きたい。でも結婚前の女が恋人でもない男の前で裸になるわけにはいかない。でも相当な汗をかいて膝の裏まで気持ち悪い。

 熱のせいでうまく考えがまとまらず、ベッドの上に座ったままぐずぐずしていたら、石川くんがほかほかタオルを持って戻って来てしまった。
 石川くんは一ミリも動いていないわたしを見て眉をひそめると「早く脱いでくださいよ」と促した。

「いや、それはちょっと……」

「べつに裸見て変な気起こしたりしませんよ」

 ああ、確かに。こんなに整ったきれいな顔をして、わたし以外の女性に甘い蜜を吐く石川くんが、異性関係で苦労しているはずがない。だから六つも年上の三十路女の裸を見たくらいで、変な気は起こさないはずだ。しかもこの散らかった部屋も、すっぴんも、しわがれた声も、力尽きて床に倒れているという情けない姿も見られてしまっている。こんな女が眼中に入るわけがない。

「それもそうね」と頷いて背中を向け、びしょ濡れのTシャツを脱いだ。

「じゃあ、お願いします」
「了解です」

 背中から、衣擦れの音がした。きっと石川くんがスーツの上着を脱いで、ネクタイを緩めたのだろう。次にベッドがぎしっと揺れた。そして「背中拭きますね」とやけに優しい声が聞こえ、背中に熱いタオルが押し当てられる。

 浮かんだ汗を残らず取るようにゆっくり、力強く。でも丁寧に、優しく。タオルが背中を行き来する。その手つきは、いつもわたしに毒ばかり吐く石川くんのものとは、到底思えなかった。

 そんな風に腰まで丁寧に拭いたあと「次、腕拭きますね」と、石川くんの手がわたしの腕に触れた。そしてまるで高価な陶器でも扱うみたいにそっと腕を持ち上げ、やっぱり丁寧に拭いてくれた。


 最初は少し緊張していた。触れられる度、ぴくりと身体が震えた。

 わたしは半裸で、身体を拭いてもらっていて。背後にいるのは、アプローチしたかった人。アプローチしたくても、せずに諦めた人。

 でも人に身体を拭いてもらうという気持ち良さが緊張を上回って。途中からはむしろリラックスして、会社の後輩に身を任せた。