石川くんはこういうやつだ。何の悪意もないようなきょとん顔で毒を吐く。その毒は整ったきれいな顔で中和され、大抵のことは許してしまう。

 彼の質の悪さは、その毒をわたしにだけ吐きつけることだ。他のみんなに吐くのは甘い蜜。さらに質が悪いのは、その整ったきれいな顔や、高い身長や、大きな手や、顔のわりに低めの声が、物凄く好みだということだ。

 せめてその毒吐きをあと九十パーセントくらい抑えてくれれば。そして彼があと六年、いや五年早く生まれてくれれば。アプローチできたかもしれないのに……。いや、よそう。毒吐きも年齢も関係ない。アプローチできないのは、わたしに意気地がないせいだ。それに今はそれどことじゃない。


「石川くん、お願い、手を貸してもらえるかな……」

 ぜえはあと息を切らし、しわがれた声で懇願すると、石川くんは目をぱちくりさせてわたしを見下ろした。

「あれ、小松さんの声、そんなでしたっけ? 変声期ですか?」

「いいから……手を貸して。ベッドに行きたい……」

「えー、僕朝からがっつり働いて来たんですけど」

 じゃあ何しに来たんだ……! 様子を見に来たんじゃないのか! 本当に「見に来た」だけか!

「……もういい」

 こうなったら仕方ない。自力でベッドに行くしかない。
 のそのそとほふく前進で進み始めると、石川くんは「やれやれ」と呆れた声を出す。そしてわたしの腕と腰を抱えて持ち上げた。

 軽々と持ち上がったわたしの身体は、すぐにベッドに降ろされる。良かった。やっとベッドに戻って来られた。やっと落ち着いて横たわれる。それだけで充分だ。だからこの際、石川くんが「重っ」と口走ったことは気にしないことにしよう。