毒がもれだす唇で


 だから答えは「イエス」だ。
 でも素直に頷くのは少し癪だった。毎日毎日吐かれ続けた毒で、多少なりともダメージはある。その仕返し、というか、悪あがきをしてみようと思った。

 短く息を吐いてから、空いている右手で首や頬を触り、遠い目をして、高熱アピールをした。石川くんは「身体、まだきついですか?」と珍しく心配そうに言ったから、ここぞとばかりに「そうね……」と返し、げほげほと咳込んで見せた。

 そうして充分、病人であることを見せてから、熱に浮かされ冷静な判断ができていないと装って「結婚、しようか」と。プロポーズの返事をした。


 こんなにわざとらしい態度だったのに、石川くんは指摘することも毒を吐くこともせず、優しい笑顔でただ一言「ありがとうございます」と言った。

 そして、ずっと握ったままだったわたしの左手を軽く持ち上げ、親指にそっと唇を落とす。

 それだけでも充分驚いたというのに、石川くんは人差し指にも同じように唇を付けた。次に中指にも優しく、薬指には少し長めに、小指は慈しむように口付ける。

 ちゅっ、ちゅっと。静かな部屋に乾いたリップ音を響かせながら口付けを繰り返した石川くんは、最後に手の甲に唇を付けた。
 まるでそれは、永遠を誓う儀式のようだと思った。

 石川くんの唇が指に触れるたび、次第に鼓動が高鳴り、下がりかけていた熱が上昇していく気がした。

 ただ指に唇が触れただけ――ただ皮膚に皮膚が触れただけなのに、どうしてここまで胸が高鳴るのだろう、と。沸騰しかけている頭でぼんやり考えていると、手の甲からゆっくりと唇を離した石川くんは、わたしの左手に頬擦りしながら、微笑む。

「物欲しそうな顔してますけど、さすがに風邪移されたくないので、ここまでにしておきますね。今キスして、明日から僕もそのがっすがすの声になったら嫌ですし」
「……」