毒がもれだす唇で


 気持ちを伝えたら、なんだかわたしもすっきりした。熱も大分下がったみたいだ。これなら明日は元気に出勤できそうだ、と。思ったのに。

 石川くんはわたしの左手を離さない。そしてその綺麗な顔でわたしを見つめたまま、……

「小松さん」
「うん?」
「結婚しましょう」
「うん、ええっ?」

 とんでもないことを言い出した。

「なんっ……なんなの、急に!」

 驚いて飛び起きようとするけれど、やっぱり肩を掴まれ阻止された。早く風邪を治すために横になっていたほうがいいのは分かるけれど。驚いたときくらい飛び起きさせてほしい。

 右手でわたしの手を包んだまま、左手でわたしの肩を掴んだ石川くんは、あっけらかんとしてこう言った。

「小松さんのご両親への挨拶は近いうちに行きましょう。ご両親ご予定、聞いておいてくださいね」
「いや、あの、石川くん。今のってもしかして、プロポーズ、だよね……?」
「もしかしなくてもプロポーズですが」
「プロポーズって、もう少し順序があると思うんだけど……」
「そうですか?」
「そうだよ。まず付き合ってお互いを知って、同棲とかして習慣や性格を深く知っていって、それでもオーケーならプロポーズ、結婚になるんじゃ……」

 言うと石川くんは「なるほど……」と呟き、視線を少し下げて考え込む。でもすぐに視線を戻して「僕の準備はできています」と。やっぱりすっきりとよく通った声で言ったのだった。

「僕はこの二年で、小松さんの色々な面を見ました。恰好良く働いている姿だけじゃなく、疲れてぐったりしている姿も、腰に手を当ててエナジードリンクを飲んでいる所や、ストッキングが伝線してトイレに駆け込む所も。やけに茶色いお弁当が冷凍食品ばかりのお弁当に変わり、最後には梅干ししか入っていない日の丸弁当になった瞬間も見ました」
「……」

「今日は汗でびっちょびちょのTシャツを着て、床で力尽きている姿も、この世のものとは思えないくらいしわがれて恐ろしい声も、冷却シートで眉まで隠れたすっぴんも見ました。それでも気持ちは揺るぎません。だから、とっくに僕の準備はできているんですよ」
「そう……」

「むしろ小松さんの綺麗な背中を見せられて、気持ちはさらに固まりました。答えをもらえれば、今すぐにでも服を剥ぎ取って、隅から隅までじっくり観察して、隅から隅まで噛みつきたい」
「なんなの、その性癖……」

「噛みつきたくなったのは小松さんだけです。名前のせいですかね。ほら、りんごみたいだし」
「人の名前に勝手に濁点つけて果物にしないで……」
「そのくらい、小松さんが好きってことです」
「そう……」

 それを言うなら、わたしだって準備はできている。毎日毎日。毒を吐かれ続け、年齢のことでアプローチを躊躇ったりもしたけれど、それでも石川くんを完全に諦めることができず、密かに想っていたのだから。

 本気で彼を好きじゃなきゃ、この毒はすでに致死量を超えている。