毒がもれだす唇で


 朦朧とする意識の中、石川くんはさらに驚くべきことを言い出した。

「小松さんの気を引くためにわざと毒を吐いていたんですが、僕の作戦は失敗だったということですね」
「……は、ええ?」
「他の人と小松さんで態度を変えれば、気にしてくれると思ったんですけどね。毒を吐くのって、親しげに見えるし」
「ああ……ええと、……」
「今日は特に勝算があったと思うんですけどね。風邪でダウンしているときに看病しに来るなんて、絶好のラブイベントじゃないですか」
「……」
「こんなことなら最初から、小松さんには蜜を、他の皆さんには毒を吐けば良かったですね」
「ああ……あの……」

 この話の流れなら、いくら高熱で脳が働かなくても分かる。つまりは「そういうこと」なのだ。石川くんはわたしを嫌っていたから毒を吐いていたのではなく、その逆。わたしを好いていたから毒を吐いたのだ。
 そしてその「好き」は、職場の先輩としての「好き」ではなく……。

「な……あの、いつから、そんなこと……」
「入社面接のときです。僕、緊張してエレベーターのボタンを強く押しすぎちゃって、突き指したんですが。そこに小松さんが颯爽と現れて、テーピングしてくれたんですよ」
「……そう」

 残念ながらそのエピソードは微塵も憶えていないけれど、当事者の石川くんが言うのだから、そうなのだろう。

 そうならそうと、分かりやすく態度で示してくれれば良かったのに。いや、彼なりに態度で示してくれていたのか。他の子たちには甘い蜜を与え、わたしにだけ毒を吐くという形で……。

 わたしはそれを嫌われていると勘違いして、せめて彼があと六年早く生まれてくれていれば、なんて理由をつけて、気持ちを諦めていた。
 でもだからと言って他の相手を探すこともせず、独り身であることに何の不満もないと言っているうちに、あっという間に三十歳だ。

 あれもこれも、なかなか上手くはいかないな……。