独り身であることに、なんの不満もない。
仕事も順調。休日は趣味に家事に大忙し。そりゃあ飲み仲間は徐々に減っているけれど、わたしの趣味はどんどん増えているから問題ない。
結婚願望は、ないわけではない。そりゃあいつかはしたい。みんな幸せそうだし、赤ちゃんは可愛いし。
でも自分が結婚して子どもを産んで育てている姿が想像できない。
好きなものを食べ、好きなことをして過ごしているわたしに、結婚なんて……。
だから今は結婚なんて考えられない、けれど……。今、この瞬間は、無性に結婚したくて仕方がない。
そう、今。高熱で仕事を休み、病院に行くことも食事の支度をすることも着替えることもままならず、ただトイレに行っただけで力尽き、散らかった寝室の床に横たわるしかない、今だ。
もしここに旦那さまがいたら、わたしをベッドまで運び、温かい食事を用意してくれて。汗をかいたら身体を拭いて、着替えさせてくれて。病院にも連れて行ってくれて、食事のあとは忘れず薬を飲ませてくれる。
そんな相手がここにいてくれたら……。
やけに湿った熱い息を吐き、せめてベッドまで移動しようと目を開けたら、驚いた。目の前に、何者かの足が見えたからだ。
その足はわたしの前にしゃがみこみ、首を傾げてこちらを覗き込んでくるから。それが誰なのかが分かった。
会社の後輩、石川くん。石川くんはぱっちりした目でわたしを見下ろし、いつも通りの軽薄な口調でこう言った。
「小松さんって、床にそのまま寝る派なんですね。身体痛くありません? 僕は無理だなあ、せめて布団は敷きたい。あ、もしかして今三十代の女性の間で流行ってるんですか?」
そんなわけない。床で寝るにしろ毛布にくるまったりするわ。硬いフローリングの上で寝ることが流行ってたまるか。それに説明しなくても分かるだろう。わたしは今日、高熱で欠勤しているのだから。そんなやつが床の上に横たわっていたら、それは「寝ている」のではなく「力尽きて倒れている」のだ。
「ああ、それから小松さん、玄関の鍵開いてましたよ。不用心ですねえ。悪者が入って来たらどうするんですか?」
ああ、そうね。熱に浮かされていたとはいえ不用心だった。事実こうして石川くんの侵入を許してしまったわけだし……。
「まあそのおかげで僕は部屋に入れたんですけどね。あ、これ土産です。そこのコンビニで買ったポテトとスパイシーチキンと牛カルビ丼とコーラです。お腹空いたでしょ? 食べてください」
しかもお土産のラインナップが、およそ高熱で伏せっている人に食べさせるものではない。