ぼくは、木のあなを出た。

ゆっくり ゆっくり、そろり そろり。

木の下に さく チューリップの花の中に、ちょうちょさんが いた。

白くて、かわいい ちょうちょさん。

「ちょうちょさん、こんにちは。」

「あら、こんにちは。
あなた、はじめて 見る 顔ね。
わたしは、ちょうちょのヒラリ。
よろしくね。」

「ヒラリさん、はじめまして。
よろしく おねがいします。」

ぼくは、ヒラリさんに あいさつを した。

すると、ヒラリさんは、言ったんだ。

「あなた、お名前は?」

「え? ぼくは、ぼくだよ。」

ぼくは、ヒラリさんに聞かれて、はじめて 気がついた。

ぼく、ぼくの 名前を 知らない。

「あなた、名前を知らないの?」

ぼくは、こくんと うなずいた。

「あなた、おとうさんは?」

おとうさん?

ぼく、知らない。

ぼくは、くびを よこに ふった。

「じゃあ、おかあさんは?」

おかあさんも 知らない。

ぼくは、また、くびを よこに ふった。

そっか。
ぼく、ひとりぼっちなんだ。

ぼくは、とたんに さびしくなった。

だけど、そんなぼくに、ヒラリさんは、言ったんだ。

「まあ、わたしと いっしょね。」

って。


え!?
ヒラリさんと いっしょ?

ぼくは、おどろいた。

ヒラリさんは、ぜんぜん さびしそうには 見えないんだもん。

「ヒラリさんは、さびしくないの?」

ぼくは、聞いた。

すると、ヒラリさんは、

「さびしい時も あるわ。
でも、さいしょから いなかったんですもの。
もう なれたわ。」

って、言った。

え!?
ぼくと いっしょ?

「さいしょからって、生まれた時から?」

ぼくは、聞いた。

「ううん。
生まれた時のことは、おぼえてないの。
おぼえてるのは、はっぱを たくさん 食べて、
そのあと たくさん ねむって、
目が さめたら、はねが はえてて、空を
とべるように なってたこと。」

ぼくと いっしょだ。

ぼくも おぼえてるのは、はっぱを 食べてたことだけ。

じゃあ、ぼくも たくさん はっぱを 食べて、たくさん ねむったら、はねが はえて、空を とべるように なるのかな?

ヒラリさんみたいに、きれいな ちょうちょに なれるのかな?

その時、ヒラリさんが 言った。

「じゃあ、わたし、そろそろ ほかの お花の
みつを すいに いくわね。
ボク、またね。バイバイ。」

「あ、バイバイ。」

ヒラリさんは、あっというまに ひらひらと、とんでいってしまった。