また、飛んだ。
一瞬前に、わかっていると、余裕がある。
今度は昼の世界。
足下には、薄く水がはっている。
それが、ずっと地平線までのびている。
鏡のように空が、大地にうつりこむ。
水色と白だけの世界。
太陽はないけど、明るい。
たぶん、白夜だ。
あいつは、昔から、
いつか白夜を体験したいといっていた。
その世界。
ただ、水面と空だけの世界。
彼が見たかった世界。
彼が夢見た世界。
「こんなとこまで来て、どうするの?」
声がした。
それは、私が一番聞きたかった声。
急いで振り返る。
目の前には、困ったような顔のあいつがいた。
胸がしまる。
息がつまった。
はじかれるようにして、私は抱きついていた。
この温もり。
抱きつくと鎖骨が顔に当たって少し痛いのも、いつも通り。
私は、泣いた。
勝手に泣けた。
会えたら言おうとしていた言葉。
会えたら聞こうとしていた言葉。
全部吹き飛んで、
ただ抱きつくしかできなかった。
慰めるために、頭におかれた手ですら、私の涙をあふれさせる。
「・・・久しぶり」
優しい声色。
また、私の涙腺がゆるむ。
「元気?」
元気なわけがない。
つらかった。
かなしかった。
さびしかった。
だから、ここまで来た。
「ここから、帰るのは大変だよ?」
わかっている。
どんどん現実が遠くなっていることは、わかっていた。
でも、帰る気がないなら、問題はない。
だから、私は『吐き出しそうになるのをこらえて、飲み込んだ』。
恋人が意識不明で、眠れない。
睡眠薬をもらうのには、困らなかった。
睡眠薬を飲む前に、寝てしまったのには驚いたけど、
夢の世界に行けることを知った。
おかげで、安心して眠れた。
「・・・帰らないから」
ぎゅっと、きつく抱き締める。
もう離さない。
もう離れない。
あいつの手が、私の肩を強く掴んだ。
このまま、ずっと一緒だ。
このまま幸せでいたい。
私は、さらに、しがみつくように抱き締める。
「帰ってよ」
温度のない言葉が、耳を穿った。
突然のできごとに、理解ができない。
帰ってよ?
どこに?
いま、帰ってきたんだよ。
私の居場所に。
あなたのとなりに。
なんで、そんなこと言うの。
なんで、そんな悲しそうな顔してるの。
「なんで、ーーー」
世界がぶれる。
このタイミングはだめだ。
また、世界が変わる。
まだ、伝えてないのに。
まだ、聞いてないのに。