「おはよう、クルミ、翔太」
私は、コーヒーカップを片手に持ち、いつものように話しかけた。

「今日はね、すごい良い天気だよ。ほら、太陽の光感じる?眩しくてキラキラだよね」

私はふと母親の言葉を思い出す。

母親は太陽なんだ。私の中の最高のエネルギー源なんだ。


パタパタ、パタパタ

ゆっくりと誰かが階段を上がってくる。

翔太郎に決まってる。
私は、なんとも言えない顔つきで、だんだん早まる鼓動を必死で、押さえつけようとしていた。


「ただいま」
やはり疲れきっている。

「おかえりなさい。寝てないの?大丈夫?」
私は、立石先生との事もあり、目を逸らしながら、聞いた。

「大丈夫だ。美園は大丈夫か?変わりないか?」
翔太郎は、目をギラギラさせて、私の表情を観察しているかのようだ。


「…」
私は黙り込んだ。

「どうした?」
翔太郎が、私の方へ歩み寄ってきた。

私はその場で立ち止まったまま、動けなかった。

翔太郎は、私の右手を引っ張って、自分の胸の中に私を包み込んだ。
いつものように、厚い胸板に私の顔が埋もれた。

「…ぃや…」
私は翔太郎を思いっきり突き放した。

「美園?」
目をボールのように、真ん丸にして、驚く翔太郎。

「だ、だって、翔太郎は…」
私は、両手を拳にして震え上がった。

「翔太郎は、穂乃香さんのことが好きなんだよ。翔太郎気づいてる?翔太郎のそばにいるのは、私じゃないんだよ」

私は脳内があらゆる感情でパンクしていた。
不安、孤独、嫉妬、悲しみ、そして浮気。

翔太郎は、私の言葉に酷く傷ついたように見えた。この上なく悲しそうな翔太郎。
初めて見た表情。





しばらく、2人はそのまま氷のように固まっていた。まるで大きな冷蔵庫の中に閉じ込められたかのように。



最初に重い口を開いたのは、翔太郎だった。

「美園、ちゃんと聞いてくれ」
すっきり頭を整理整頓したかのように翔太郎は言った。

「俺は、穂乃香の会社を買収する。絶対に立て直すつもりでいる。穂乃香は、確かに大切な人だし、感謝もしてる。でも、はっきり言えることがある。俺が好きなのは、美園、お前だけだ!」


翔太郎?
ほんとに?
私だけ?

「…し、信じてよいの、私…」
まだ視線を合わせれない。

「変わらない。これから先、何があっても、この気持ちは変わらないよ。信じろ」

翔太郎は、頬の筋肉を緩ませながら、優しく私に語りかけた。


「【Second Homes】【たんぽぽ】どちらも成功させる。これからは、美園も外回りだ。
塾は、立石達に任せよう。わかったか?」


「…うん、わかった。ごめん、私、不安で寂しくて、悲しくなって…」

また、うるうるしてくる私の瞳。
やだ、まただ。
我慢しなくちゃ。

「美園、言いたいことはちゃんと言え。我慢はするな」
力強い頼りになる言葉。


翔太郎、なんでわかった?
翔太郎は、私の心の中にいつも居てくれてたんだよね?
ごめん、私は大切なものを無くすとこだったよ。


「翔太郎、ありがとう」
私は、全てをリセットし改めてそう言った。


「美園と出会って、もう1年経つもんな」
私の頭をポンポンする翔太郎。


「翔太郎、覚えてくれてたの?」

「当たり前だよ。上手いナンパだったな」
高らかに笑う翔太郎。

「えぇーあれ、ナンパだったの?」
私の瞳はハートモードに変化して行った。


「当たり前だろ、一目惚れだ。」