「ただいまーお疲れ」
私は凍りついた。やましい事などないけれど、やっぱり、昼間のこともあり、翔太郎には、見られたくなかった。

「何してるんだ?お前達」
翔太郎は疲れきった表情で、やや不快そうにして、キリッと真面目な一面も見せる。

「塾長、お疲れ様です。塾長もいかがですか?」

バカ、やめて。
翔太郎、怒ってしまうよ。
ビールまであるし。
あーやばやば!



「お、たまにはいいな、ビールくれ」
まるで人が変わったように、立石先生を手のひらで転がすように、翔太郎は笑顔をチラリと見せた。


「ちょうどいい機会だから、聞くけど、立石は、就職どうすんの?」

立石先生は、大学院に残り、研究を続けて、塾のバイトも続けていた。

「あ、はい、今悩んでます、実は…ちょっと今先が見えなくなってきて、スランプなんです」

そうだったのか、だから、あんな行動?

「塾の仕事は好きか?」
翔太郎は、やけに真剣に聞いている。

「はい、もちろん、やりがいありますし、生徒達可愛いですし」
立石先生は、嬉しそうに生徒達の顔を思い浮かべながら答えたように見えた。


「うーん、どうだ、立石、お前、社員にならないか?塾長やってみないか?」

翔太郎の言葉に私も立石先生も目が飛び出しそうなくらい驚いた。

でも、立石先生が社員になってくれたら、いろいろ助かるのは確かだ。

翔太郎は、チラリと私にアイコンタクトをし、再び、立石先生を凝視した。

立石先生は少し頭の中を整理しているようだった。

「僕に出来ますか?僕なんかでいいんですか?」
ちょっぴり不安げに聞く。

「俺も美園先生もお前は高く評価しているんだ。大丈夫だ。お前なら、出来るさ」

「ありがとうございます。出来るだけ早く返事します」
頭を丁寧に立石先生は下げた。


「期限は明日夜までだ。それ以上は待てない」

せっかちな翔太郎は、確かに待てないだろう……でも、いきなりだからね、もうちょっと時間あげたら、良いのに。


「もう遅いから、帰れ」
翔太郎は、空になった缶をカウンターに置き、2階へ上がって行った。

私は、立石先生を覗き込むように見上げた。

「ゆっくり考えたいよね?塾長せっかちでごめん……」


「あ、あの、美園先生、話があります」