王はメアリが零す涙に気付き、そっと指で拭い取ると今度は「イアン」と信頼する側近の名を呼んだ。


「なんだ?」

「もしも、メアリが……俺、のっ、グッ……ゴホッ」

「わかっている。任せておけ。だからもう、休め」


言葉の最後は涙交じりの声だったが、王には届いていたようで力を抜くように息を吐き出した。

咳き込んだ唇からは血が流れ、メアリはそれを優しくガーゼで拭き取る。

ヒュ、ヒュと浅く繰り返される王の呼吸は、いよいよ最後の時が訪れている知らせ。

「メアリ」と呼んだはずの声は音にならず吐息だったが、メアリは頬に触れている王の手に自分の手を重ね、「はい」と答えた。

王は必死に息を吸うと、メアリを見つめ、かさついた唇を動かす。

そして。


「最後に、一度だけでいいから、俺、を、父と……呼、ん……」


命が燃え尽きゆく最中、十八年、ずっと切望してきた願いを声にする。

しかし、それは最後まで紡ぎきることはなく……

メアリを優しく見つめる瞳から、光が失われてしまった。


「と、……さま……」


メアリが、初めて王を父と呼ぶ。

けれど、その声はもう王の耳には届かない。

メアリの頬を撫でていた手からはすでに力が抜けており、メアリはその手を強く握った。

父さまと、何度も何度も声にして。

まだそこに魂はいるのだと信じ、何度も、何度も。

ジョシュアは息を引き取った王の瞼をそっと閉じると、嗚咽を漏らすメアリの肩を強く抱いた。