『あなたを助けたら、不幸になる人がいるのだと母さんは言うの。私の大切な人も傷つくって。でも、苦しんでる人を放ってはおけない』

『僕の為に自分や大切な人を犠牲にするの? バカみたいだ』

『でも、見殺しにはできなかった。あなたを助けたことを後悔するとしても』


少女の真っ直ぐな心根は少年には煩わしく思えたが、同時に羨ましくもあった。

けれど、拷問の中で芽生えた復讐心は消えることなく、傷が癒えるごとに大きく成長した。


『私、そろそろ行かなくちゃ』

『帰るの?』

『母さんと別の街に向かうの。あなたももう大丈夫そうだし』


花売りをしていた少女は、母と一緒に次の街を目指すのだと語ったが、少年は特に引き留めはせず、『そう』とだけ答えた。


『お礼はいらないから、私の大切な人を苦しめないでくれると嬉しいな』

『君の大切な人が誰か知らないから』

『じゃあ、全ての人が私の大切な人だと思えばいいんじゃない?』

『それは無理。僕は、どうしても許せないやつらがいるから。そいつらだけは苦しめるって決めたんだ』


少年の脳裏から離れない旗が、ヴラフォスのものであることを知ったのは少女が暇つぶしにと与えた本からだ。


『それが、私の大切な人を苦しめる運命に繋がるとしても?』

『そうだよ』

『それなら、私の大切な人があなたを止めることを毎日祈るわ。あなたの苦しみを終わらせるように』


そうして、二人は別れた。

その後、二度と会うことはなかったが、少年は別れる直前に聞いた少女の名を忘れることはなかった。