「ユリウス……ありがとう」


感謝すべきは自分の方だとユリウスは申し訳なく思い、けれどそれを決して口にも顔に出さずに「それじゃ、俺はこれで」と踵を返し部屋を出た。

またひとりとなったメアリは、素っ気ない態度を見せつつも優しさを隠しきれていないユリウスに頬を緩める。

そうして、メアリがロッテに案内してもらって庭へと出たのは間もなくだ。

こまめに庭師が整えているという庭は樹木に囲まれ寒さに強い花々が育てられている。

時折吹く風に乗って漂う香りがメアリの鼻をくすぐる中、辿り着いたのは池の脇に建つ石造りのガゼボだ。

ゆっくり休憩できるようにテーブルや椅子も備え付けられている。


「せっかくですから、温かい紅茶をお持ちしますね!」


ロッテは「待っていてください」と黒いワンピースの裾を揺らして来た道を戻っていった。


「一応、攫われてる身なんだけどな」


苦笑し、ひとりになったメアリはガゼボの冷えた椅子に腰掛け池を眺める。

ジョシュアの元にいた頃、ヴラフォスの地を踏むことになるとは想像もしていなかった。

どのような人々が住み、どのように暮らし、どのように笑っているのか。

まだイスベルの門からの道のりと宮殿の限られた人々としか接していない為に良くはわからない。

それでも、今のところメアリの中で悪い印象はなかった。